2015年07月10日

人生に寄り添う芝居

創作側も観客も、すべての方にぜひ読んでいただきたい文章があります。

昨年の夏、ウォールストリートジャーナルに寄稿された、ニューヨーク大学の
クラス博士のエッセイです。
私はこれを読むたびに、得もいわれぬ、震えるような気持ちになるのです。

。。。



Shakespeare as a Life Coach(人生のコーチとしてのシェークスピア)
By  PERRI  KLASS  2014年 8月 11日 19:15 

 7月の末、ニューヨークのセントラルパークで野外上演された「リア王」を見
て、私は母のことを考えた。劇には母親役は出てこないし、どの役にも母親がい
る設定ではないのに。今の私にとって、「リア王」は今のところ、人が年を取り、
精神力も体力も世俗的な権力も失っていく物語ではない。

 今の私にとって、「リア王」は年老いた親の面倒を見る物語、いや、きちんと
面倒を見られない物語である。そしてその年老いた親が記憶を失っていくのを目
の当たりにする物語、親が年を年老いていくのを目の当たりにしながら、中年に
なった子どもたちがどんなふうに張り合い、どのような関係を築くかを見せてく
れる物語なのだ。

kinglearsha.jpg
William Shakespeare (detail)=@by John Taylor


 もちろん、俳優は年を取ると、若いときとは別の役を演じるようになる。しか
し、私たち観客も同じように年を取る。最後に「ロミオとジュリエット」を見た
とき、私は自分が親たちに自分を重ね合わせていたことに気付いて驚いた。私に
とって、この物語は若者の恋愛物話ではない。物事への対応がまずかったばかり
に、愛する子どもを失う親の話なのだ(愛が永遠に続くと信じている恋人たちよ、
この物語の結末はどうだろうか!)。

 私が担当する大学のクラスにハムレットのような生徒がいたらどうなるか、考
えたこともある。聡明で悩み深く、神経質なところがある学生で、将来、素晴ら
しいことを成し遂げてほしいと期待しているが、自分もしくは他人を傷つけるの
ではないかという不安もぬぐえないのだ。


 私の母は数カ月前に亡くなった。86歳だった。私は母を恋しく思う日々を過ご
している。母はパブリック・シアターがセントラルパークで上演する無料のシェ
ークスピア劇を愛していた。早起きをして、チケットを手に入れようと高齢者用
の列に並んだものだ。しかし、2010年にアル・パチーノが出演する「ベニスの商
人」がかかったとき、母は猛暑の中、朝から5時間も並んだ挙句、チケットを手に
入れることができなかった。私は母に、もうそんなことはしないでと言った。

 子どものころ、両親は毎夏、セントラルパークにシェークスピアの劇を見に連
れて行ってくれた。今度は母のためにチケットをとるのが私の仕事になった。毎
日、インターネット上で行われるチケットの抽選会に参加し、障害者向けに特別
な解説がある公演のチケットを申し込んだ。昨年の夏、視覚障害の認定を受けて
いた母はこれまで見たこともないほど行儀のよい盲導犬たちに囲まれながら、
「恋の骨折り損」を最後まで楽しむことができた。


 今年の夏は母のことを思いながら、「リア王」を見るために列に並んだ。雷雨
の予報だったが、午後の天気は快晴だった。嵐になったのは芝居が始まってから
45分ほど過ぎた頃、リア王が道化と共にヒースの野をさまよい歩く場面が始まる
はるか前だった。しかし、雨で一時中断されるのはいつもの事。雷と稲妻が過ぎ
去ると、芝居が再開された。

 美しい夕暮れ時に野外でシェークスピア劇を見ると、「お気に召すまま」のオ
ーランドやロザリンドと共にアーデンの森にいるような気になったり、「夏の夜
の夢」のタイタニアやオベロンが登場する場面に立ったような気になったりする
ことがある。それと同じように、私たちはみな、「リア王」と共に自然のなすが
ままになっていた。俳優たちの衣装は本物の雨に打たれてずぶ濡れになった。生
きていれば雨に打たれる日もあれば風に吹かれる日もあることを思い出させるの
が嵐の役目の一つだとすれば、容赦ない自然は報いを受けるべき人にもそうでな
い人にも暴風雨を送りつける。その日の観客は俳優たちとともに嵐を存分に味わ
った。

 雨に打たれながら、私は母を世話したことを思い出していた。母を守ろうとし
たこと、それができなかったこと、母は必ずしも守られたいとは思っていなかっ
たことも。リア王は嵐の中をどうしても外に出ると言ってきかず、肉体も心も嵐
によって傷ついていたにもかかわらず避難を嫌がった。

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“King Lear and the fool” by William Holmes Sullivan


 俳優たちは勇敢だった。土砂降り、そして霧雨の中を最後まで演じた。席を立
った観客も何人かはいたが、ほとんどが最後の悲劇が終わるのを見届けてから、
立ち上がって出演者に拍手を送った。出演者たちも私たちに拍手を送り返してく
れた。

 しかし、私と一緒に立ち上がり拍手するはずだった人はもういない。母がその
場にいれば、雨がやむのを待とうと言い張っただろう。

 母は自分が最も恐れ、日々、自分に付きまとう老いについての物語として「リ
ア王」を鑑賞しただろう。私はまだその域には達していない。グロスター伯が失
明した場面を視界がぼやけ、影や形しか見えない目で見ただろう。補聴器をつけ
た耳で聞いただろう。リア王の残酷な娘たちは父親を強い言葉で非難したが、母
はよく、自分の頭脳や記憶力についてそれに負けずとも劣らない強い怒りを口に
していた。

 母は美しい夕べだろうと、嵐が吹き荒れようと、夏の夜に無料のチケットを手
に入れ、最後まで観劇したという素晴らしい勝利を誇りに思ったことだろう。シ
ェークスピアのために嵐になっても劇場を去らなかった観客全員の勝利を喜んだ
ことだろう。


 2012年には母は日に日に弱っているようだった。短期記憶はすっかり失われて
いた。全てを失ってしまうと思い込んだ母はおびえ、混乱していた(実は薬のせ
いだった。薬を変えると、体力も記憶も回復した)。

 その当時のことだ。ある晩、私は母をイタリア料理店に連れ出した。一緒に出
掛けた私の一番下の息子は祖母の好みの話題を持ち出して、心配ばかりしている
彼女の気を紛らわそうとした。その話題とは高校で選択したシェークスピアの授
業のことだった。

 お察しのとおり、息子は授業で「リア王」を読んだばかりだと言った。すると
母の顔が急に明るくなった。突然、声に張りが出て、話のつじつまが合うように
なった。登場人物の名前も難なく思い出すことができた。リア王の老いの悲劇に
ついて、リア王が言った「蛇の歯よりも鋭い」ものについて、狂気と精神の破壊
について話すことができて喜んでいた。

 母は自分の人生のこまごまとしたことを忘れてしまうのではないかと恐れなが
ら、リア王と彼の失われた王国についてははっきりと覚えていた。私はこの二つ
について考えた。年を取り、リア王を演じるようになった俳優は当然のことなが
ら、月日が経てば肉体にも精神にも、力関係も家庭にも世間にも変化が生じるこ
とを知っている。しかし、観客もまた年を取り、毎回異なる目、耳、記憶力で芝
居を見ているのだ。


 不本意ながら、私は「ロミオとジュリエット」のキャプュレット夫人や「ハム
レット」のポローニアスに自分を重ね合わせることがある。しかし、まだリア王
には共感できない。母があともう1シーズン、セントラルパークでシェークスピア
劇を見られたら、と思わずにはいられない。80歳代の人間が80歳代の登場人物に
共感できただろう。「ちょうど80歳を超えたばかり。率直に言えば、私は正気で
はないようだ」というリア王のせりふがある。

 母は私たちと一緒にヒースの野に出たかっただろう。母はそのときも私のそば
にいたし、これからもいつも私のそばにいる、というのはあまりにも簡単だ。そ
う思うのは、シェークスピアがそれより厳しいからである。最後には、シェーク
スピアが残してくれた言葉に感謝しながら、人は一人きりで嵐に立ち向かうのだ。


(ペリー・クラス博士はニューヨーク大学でジャーナリズムと小児科を担当する教授で、
同大アーサー・L・カーター・ジャーナリズム・インスティテュートのディレクター)