2015年10月28日

面舵いっぱい、きらめく海原へ

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読み解きも最後まで進んで、講座はいよいよ表現の時代へ。

ここからは…企業ヒミツなのであまり具体を書けないのですが(笑)
解釈をもとにそれぞれの「伝わる表現」の実現に向けて、新たな舵をきりました。

みなさんの声は、もうだいたい分かっていたはずなのに、
あらためて読んでいなかった役を当たってもらったところ、
思いもかけないほどフレッシュな声が続出。

あらま〜、この人は実はこんなに大人だったのね、とか、
うわー可愛い!とか、ありゃりゃりゃセクシーじゃん!とか、
鈴をころがすような声とはまさにあなたのことよ!とかとかとか、
意外な発見がたくさん出てきて、うれしい驚きに満ちた第六回となりました。

それもこれも、ここまでこの『顔』という戯曲に真剣に向き合い、
イメージを膨らませ、ご自身との融合をさぐってきたことで生まれた賜物です。

解釈のベースが出来ているので、こちらからの提案やアドバイスへの理解が早い!
ここは愛情たっぷりにね、とか、もーっとゆっくり喋ってみて、など、
ちょっと整えただけでこちらの予測を超えるものが出てきます。

そうしてみなさん、のびのびとセリフを繰れるようになってきているのが、
わ〜よかったぁ。。

もちろん、課題はまだまだたくさんあるんですが、
キャリアのある人もそうでない人も、この教室では横並びですからね、
みんなでリスペクトしあって役を探っていく楽しみが、
恥ずかしさや自意識を少しずつ溶かしていっているようです。

そう、ここではみんな、よく誉めあいます。
ダメだしよりも、それぞれの佳いところをみつけることが、まず大事。

何につけ「素直」がもっとも能力を伸ばすわけですが、
自分を信じることなくしてそれは持てないので、
おたがいが鏡として有機的に作用しあえているこの状態は、なかなか、
いやかなり、イイんじゃない?と、手応えを感じています。
これがこの教室の一番の特色かもしれません。

日曜は「おさらい会」です。

発表会と書いてきましたが、あ、違うわってことに気づいて名称変更です(笑)
人に聴かせるものではなく、自分の今を感じ、他者という鏡を覗く、
そのための機会なので、噛もうが間違えようが全然かまわないんです。

『顔』の世界を身体で感じることが目標ヨ。

ここから得られる、自分を一歩前へ進める経験は、
11月からの旅の---教室だけではなく、みなさんの実人生の旅においても
頼もしい道連れに、必ずなってくれます。
楽しんでくださいネ。

ああー、なんか、凄く希望のある教室になったなあと、
手前味噌ですが本当に日々実感して、なんだか身体も健康になってきました(笑)

待っているのは、さらにきらめく紺碧の海原です。
いつでも快晴!
クルーも元気!

なんてしあわせなことでしょう。。

この教室のことを考えるといつも、易の「天火同人」という卦を思い出します。

 志を同じくする者が集まり、協力して道を切り開く
 その先には喜びの旗が誇らしく翻る

帆にいっぱいの風をはらんで、面舵いっぱい、全速で進め。
航路は、希望経由―あこがれ行です。









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2015年10月21日

ブロック4:読み解きノート

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ブロックはいよいよ終幕に入ったのだが、ここへきて驚天動地の解釈が。

物語のすべてがひっくり返る仮説の登場によって、全員が解釈の本質というもの
を体験する奇跡と出会うことになった。


【園子に近づく京野】
■京野には人の心にしのびこむ才能・魅力がある。
るいの昔語りが残した濃密な余韻に絡めとられていつもより隙がある状態の園子、
そこにスッと近づく京野は彼女のそういう変化を感じ取ってそこに乗っている。

園子に対して何度も「小母さん」と言ってのける京野。
「不良ね、あなたは」と咎めつつ、園子は結局それを許している。
生意気と思った反面ほぐれて楽しくなったと、園子のセリフを喋った受講生。
京野のペースに降参したあとでは徐々に気持ちを預けるような風情が出てくる。

■園子「ああ、変な気持ちだ…」
これはどう解釈したらいいか、すぐには掴めないセリフ。
受講生からいくつか実感が出てくる。
□るいは気がおかしく昔語りも嘘かもしれない、と聞けば気が抜けたようになる
□あんなに一生懸命きいてあげたのにと少しショックに感じる

もらい泣きするほど心を乱されたことは事実なのだから、嘘で気持ちを掻き立て
られたとしたら真実とはどういうものなのか、何が真実と呼べるものなのか分か
らなくなり、園子からこのセリフが出る。


【京野とるいの日常】
「あたふたと現れるるい」
「あたふた」には園子への期待がある、感想を聞きに戻って来たのだと受講生。
確かに「お前の気持ちはよくわかる」ともあの時‘男’がどんな気であったと思うか
も、るいが希望する言葉は園子からひとつも得られていない。

■毎日同じタンゴをかけられることは京野にとっては苦痛。
若さをもてあましている京野、辺鄙な地に閉じ込められている鬱屈。
一方でるいの飽きずに同じレコードをかけ続けるところは気狂いっぽくもみえる。

■「折角お馴染みになったお客様が…そんなことが何時までも妙に気にかかり…」
るいはどうしてもすぐに話を船のことに持っていく。
京野はジャズを聴いているのにそのお喋りを止めさせようともしていない。
るいと京野には、乳母と若様のような日常が出来上がっている。

7行に渡るるいのこのセリフには特に中身がないことが謎。
短縮上演ならカットの筆頭に上るセリフ。
なぜこのシーンで京野と無関係かつ筋を進める内容でもないセリフを配したか?

受講生より、直後に登場する‘男’と‘女’に立ち聞きさせたかったのではという指摘。

‘男’は食事中などに、昔るいが同僚だったことぐらいは‘女’に話しただろう。
が旅先の男女の会話は他にもあり、話題としてはもう遠ざかっていたはず。
そこへ実際に船の話をしているるいに出くわしたことで、‘女’の興味が再燃する。

「(るいの後姿を見送って)やっぱりそうですか?」
‘男’の答えは「そうらしいね…」
‘男’はこの話をそう積極的に続けたいとは思っていない。

ここは、いよいよ例の出来事の真相が明らかになる、そのイントロ部分。
立ち聞きは、シーンを強調するときに用いられる手法だ。

この7行は作家が構成的な仕掛けをほどこした箇所、立ち聞きはこのあと舞台上で
明かされる事柄の重要性を観客に予感・準備させる効果を生む。
文字で読んだだけでは見落としがちな、立ち聞きという動作の発見はお見事。


【観客だけに明かされる「あの顔」の正体】
■‘男’は‘女’の素直で巧みな誘導によって昔語りを始める。
‘男’が‘女’に話して聞かせるのは、あくまで昔の同僚だったということのみ。
自分が乱暴をした相手だなどと女房に語るわけがない。

しかしその繕いぶりから、るいの話を聞いている観客は‘男’があの火夫だと知る。

観客の興味はるいがそれを知ることになるのかというスリリングな一点に向かう。

※この時点では、実はまだ‘男’が火夫と同一人物であるとは言い切れない。
本当に単なる同僚であったとして、ドライな人生模様をテーマとする余地もある。
しかしそれではドラマにならない(笑)という問題もさることながら、のちに出て
くる驚きの解釈により‘男’があの火夫でなければならない理由が発見されたのだ…

■「待て…(考えて)…おるい…おるい…そうだ。たしか、おるいだ」
これは表現として本当に考えるのか考えるふりをするのか、どちらでもアリ。
‘女’に対する意識がどのぐらいあるか、関係性が浮き彫りになるセリフ。

■p26の4行に渡るセリフにこの‘男’の真実がある。
殊に「…あの女は昔の俺に、火夫の俺に会いたかったと言うよ…」
この‘男’唯一の叙情ゼリフ。
これがこの‘男’を演じる上での肝。

このセリフには4つのスイッチがあり、‘男’は珍しくブンブンにブレまくっている。
いつもながらに理路整然と語っているようでいて、内容は実は支離滅裂。

「この俺に以前のことを知られているのが、ちょっと、やりきれないかもしれん」
「嫌かも」でも「都合が悪いかも」でもなく、「やりきれない」という言葉。
ここに‘男’の墓の下まで持っていく罪の意識が、微かに匂い立つ。


【‘女’の人間性】
■「何処で誰に遭うかわからないものね」
これがこの‘女’の真骨頂。

直後の‘男’の、
「お前なんかにはそれが何かのめぐり合わせみたいに思えるんだろう」
ここからこの‘女’の発言は‘男’にやすらぎを与えたことがわかる。
‘男’の支離滅裂な分かったような分からないような説明に‘女’はツッコまない。
かわいい女ぶりを見せて‘男’の気を変えてやれる。

この‘女’は頭がいい。
無学かもしれないが人の心の機微を分かっており、決して出過ぎない。
何より‘男’をだいじに思っている。


【何も知らないるい】
■直後にホールに入ってきたるいへの、‘男’の応対はこよなくやさしい。
男性受講者にこの心理を聞いたところ、やはりるいにどう思われてきたのかが一番
気になる、そこに許しはあるのか、負い目があるためつい様子を伺いたくなる、
と共に、いたわりやなつかしさといった思いを知らず知らずかけてしまう、と。

「わたくしどもは…でございますから」
このまるで同じ言い回しをるいが二度も続けるのはなぜか?と受講生より。
これはよい気づき。

るいはホテルの女中頭としてこの場にいる。
るいらしい謹厳実直さで、仕える距離をたもって「お客様」に接している。
目の前のこの‘男’が今も恋い続けている火夫だとは夢にも思わないままに。

わりないすれ違いを目撃することになった観客にとって、このるいは憐れ。

特にこのあとは、すぐに園子が入ってきて二階へ上りまた降りてきて新聞を読みは
じめ、その間に‘女’も二階へと上り、またすぐに京野がテラスから戻り園子を誘って
また外に出るという、ダイナミックで淀みない動きが書かれている。
るいと‘男’だけが定点に座ったまま動かない。

読んだだけでは何気ないやりとりにしか見えないこのシーンには、実は過去と現在
を対比させるゴージャスなグランドホテル方式の演出が仕掛けられている。

物語のスケールがもっとも出るシーンなのである。


【『顔』のクライマックスとは】
■‘男’はるいと二人きりの会話を持つ。
あくまで客として、しかし何処かるいに寄り添ってやっているような軽い会話。
そしてお定まりの、船にまつわるるいの長ゼリフが始まるのだが…

個人的に、何度も読むうちこの長ゼリには、るいの求めてやまない時間を与えて
やりたくなった。
すなわち、普通ならあの夜の出来事のあとにあったはずの時間----並んで寝転んで
星空を仰ぎながら身の上を少しずつ語り合うような、不器用であたたかい時間----
を、るいにあげたくなったのだ。

p29のこの8行のセリフを、‘男’にはやさしい共感で生き生きと受け止めて欲しい。
「ああ、そうだ」「うんうん、わかるよ」と、まなざしの合いの手で同じ時間を
共有して欲しい。
そうして初めてるいの心根に触れ、るいの世界と融合したときにこのセリフがくる。

「あの星の下で、人間が醜い争いをするなどとは考えられません…
たとえ、そこで、わたくしをだまし、わたくしに背いた男がいましたにしましても…。」

るいはあの火夫を許している。
これは人の営みの汚れをとび越え、ついに清らかな境地にまで至った美しい言葉。
お定まりにみせかけて、物語のクライマックスは実はここにあるのではないか…

るいはまるで、菩薩のようにそこにいるというのが私の解釈。


【反転してしまったラストシーン】
■「少し病院ですね、このホテルは」
ここまで、‘男’のこのセリフは「ここにいるのは傷を抱えた者ばかり」という意味
で捉えてきたのだが、るい菩薩説を聞いた受講生が驚きの解釈に到達する。

‘男’はるいの許しの姿に触れてものすごく癒されたはず。
とするならこの「病院」は、傷ついた者が集まる場所ではなく「傷を直すところ」
の意味なのではないか。

「まるでセラピーですね、このホテルは」と読めませんか?というもの。

教室は俄然色めきたち、この説で通るかの検証を始めたところ、セラピーから発想
を得た別の受講生が更にもう1つの謎の解を発見する。

‘男’がるいの許しの言葉に触れた直後、ホールに戻って来た京野が園子に言う、
「明日、あの鳥が生き返っていたら、僕の勝ちですよ」
この子供っぽさが彼には異質で、そもそもなんで急に鳥が出てくる?という疑問が
あったのだが、

鳥は自由の象徴と考えればそれが生き返ることには希望がある、
京野も園子も、傷が癒えて自由な世界に羽ばたくという夢を持ったのではないか、
それはセラピーとリンクするイメージではないか、と。

すると園子夫人の反応、
  男「少し病院ですね、このホテルは」
夫人(驚いて男の顔を見る)
これは、「あらま、あたくしも(そう思っていました)」という意味になる。

確かに、冒頭かなりシニカルだった園子は、るいの昔語りを聞いてもらい泣きし、
るいを気狂い扱いする京野に反発し、心臓の調子が悪いというるいを心配する、
という変容を遂げている。

思えばこれまで互いに長逗留しながらドライな距離を保っていた京野と園子が、
急に二人きりで行動をするまでに至ったシンパシーの通い合いも、園子がるいの
昔語りを聞いたあとに起きている。

京野が、るいのお喋りを拒絶していない訳も、乳母と若様のような独特の距離感
を許している理由も、るいに秘かに心地よさを感じていたからかもしれない。
二人ともちゃんとるいに孤独を癒されたのだ。

もっと殺伐としたクールなやり取りで読んでいただけに、ラストシーンがいきなり
清々しい様相になったのはにわかには信じられない反転だったが、たとえ誤読でも
この物語の「山」に肉迫できたことは、この教室のすこぶる大きな収穫になった。

『顔』は、知る限りこれまで4度上演されている。
昭和26年の新派での初演に始まり2002年には本家文学座でも打っているが、評価
はどうも難しいものだったようだ。

このホンはそれだけ厄介なわけだが、4本の芝居の解釈がどういうものだったのか、
読み解きのスペクタクルを経験してしまった身としては気になるところである。


【こじつけ解釈かもだが…】
■ここまでくると、るいを太った女に設定したことにも意味を見出してしまう。
菩薩はやはり、肉の豊かな女のほうがふさわしい。

癒しがテーマなら、海のように豊穣な身体は痩せた女優からは得られない説得力
を放つだろう。
そこまで意図しての設定だとしたら、岸田國士という人は、やはり凄い。

そしてこの設定を思うと、るい菩薩説はあながち誤読とも言えないのではないかと、
確信に近いものを感じるようになっている。


【るいを変容させたもの】
■それはやはり自然だったのではないかと、受講生から。
海があり星があり、それはまさに人間の力では変えようのない神の意思そのもの。
海の上で傷つき海によって癒されたるいは、今も、いつも海に抱かれている。

るい自身は、思い出に囚われたまま明日の望みもないデラシネのように、わが身を
感じているのかもしれないが、波に洗われて、るいは確かに大きな人間になった。

■受講生がイメージしたラストシーンが美しかった。

灯りを消してテラスに続くドアの鍵をかけようとしたるいは、
外から入ってきた‘男’と出くわす。
その瞬間、正面のガラス窓いっぱいに銀砂を撒いたような星々が瞬きだす。
波の音がとどろきはじめる。

20年ぶりに暗がりで出会った、るいと火夫。
そこは地上ではなく、まるで船の上のように見える。

火夫は黙ってるいの前を通り過ぎる。
星はいよいよ瞬きを強め、海はますますとどろく。
火夫はしっかりと階段を昇って、‘男’になっていく。

るいはその背を追うでもなく、船の上をゆったり歩きはじめる。
波の音とともに。
かすかに、遠い汽笛が鳴ってもいいかもしれない。



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解釈はひと通り、最後までいきました。
まさか、、こんな展開になるとは、誰が予測したでしょう(笑)

これだから読解は面白い。
戯曲は芝居の設計図であるとともに、気持ちの海図でもあるのです。
それを真摯に丹念に追っていけば、あらたな自分と出会うことは当然なのですね、
海に映しているのは自分の姿なのだから。

人と一緒に読むことは、人を見ることでもあるのです。
驚きの発見が、本当に思った以上にいっぱいあふれた、いい時間でした。

今週からは更に深く、抱いたイメージを身体に落とし込む段階に入ります。
どの役を、どんな声で演じたいか、夢をふくらませてくださいネ(笑)

11月から参加の受講生さんも、続々名乗りをあげてくださってますヨ。

Bon voyage!
菩薩さまのように広く大きな海の旅は、まだまだ続きます。












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2015年10月14日

ブロック3:読み解きノート

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【貨客船の暮らし】
■荒くれた男たちの中で女は6人、外界との隔絶状態で何ヶ月も寝食を共にする。
船の裏方は、船長やチーフメイト(一等航海士)といった管理側の制服組と、火夫
やコック、給仕、荷揚げ人足などの労働組に分かれていたと思われる。
いわゆる女中に相当する6人の女たちは労働組。

■過酷な船底の労働者の日常は、勢い猥雑で奔放なものになる。
直前まで英国人の家庭で上品に暮らしていたるいにはまったく馴染めない世界。
一方で乗船のキッカケを与えてくれた制服組とは、職域も階層も違いすぎて個人的
に親密になれるような踏み込んだ機会は得られない。
マルセイユ行きの船を降りた時点までは客、再び乗船した時には従業員になってい
たのだから。
るいはどっちつかずの孤独な存在だった。

■周囲の色に染まらないるいは、意志が強いとも融通が利かないとも言える。
この不器用さ、かたくなさは処女性のあらわれ。
12年もイギリスの少女と暮らしてきたるいの心持ちは、30を越えても乙女のまま。
このおぼこ娘ぶりは生涯に渡るるいのパーソナリティになっている。


【るいの相克】
■女たちのふしだらさを嫌悪しながら、うらやみ妬ましく思う矛盾に苦しんでいる。
一生男に触れない高潔さを誇りつつ、女ざかりをむざむざ枯らす自分を惜しむ。

「十六,七から二十頃までの憧れにも似ながら、もっと差し迫った刺々しい気分」
「よし、そんなら、という気になっても〜男の前に出るとかしこまってしまう」
恋人を求めながら叶えられないフラストレーションをどうにも解消できないるい。

「正直な鏡ってものもございます〜世の中で自分が一番醜いとは思いたくない」
るいは鏡を見るたびに自分の醜さを思い知らされている。

※この狂おしい葛藤には、文字で読む以上に激しく切迫した運命的な悲惨がある。
これをリアルに理解して演じられるかで、この物語のスケールが決まる。

※一方で園子の聞き方、リアクションも物語に深みを与える大きなポイント。
園子役は、ここでは徹底した「受けの芝居」によって役の魅力を出していく。

■16ページの3行目から10行目までのるいの台詞には大きな意味がある。
「。」が付くまで実に8行を要している、作家はこの切れ間ない台詞にもっとも
大きなエネルギーを与えているということ。
「あんたに誰もそんなことをしないのは、あんたが…と言いかけてくすくす笑う
だろう」
台詞の終わりに来るこの言葉がるいの抑圧のすべてを表している。
膨大なるいの語りの中でもっとも印象に残さなければならない箇所のひとつ。

※「あんたが…」この「…」が大事。
ハッとさせる鋭さを込めることによって、物語はスリリングな急展開を始める。
この瞬間が芝居に観客を引き込んでいくターニングポイント。


【受講生たちの深まる解釈】
■「よし、そんなら、という気に幾度なったか、しかしそれ以上の工夫がつかない」
受講生より、るいは役割としての自分しか知らない人、という分析が出る。
職業人である以前の、女・人としての自分に出会ったことがない危うい状態。

■「自分はもともと清浄無垢な人間という嬉しい得意な気持ち」
 「一生男の肌に触れないでいることがどんなに仕合わせなことか」
英国人家庭で勤めるあいだにキリスト教にも触れたはず。
るいは男を知らない自分とマリア様を重ねる気持ちもあったのでは。
そう思って演じたほうが、後の‘男’とのアクシデントがよりショッキングになる。

秀逸な分析がよく出るようになる。
解釈のコツがつかめてきたようだ。


【解釈の男女差】
レイプに関する若い男性受講者の分析に女性陣驚愕、目からウロコが落ちる。

■女性陣の解釈は‘男’にとってもるいが初めての女だったというもの。
だからるいの名前を覚えており、20年ぶりの再会でも認識できた。

対してその彼より、‘男’の落ち着きぶりが指摘される。
るいが‘男’の顔をハッキリ記憶できなかったことに‘男’の冷静さを感じる。
初体験ならもっと動じる、慎重に顔を見せずにスッとその場を離れるなど不可能。
計算できる余力を持っていたところに女慣れを感じる。

■‘男’はなぜるいに乱暴を働いたか。
火夫という過酷な労働も英語の独学も先の見えない閉塞感を伴う苛立たしいもの。
そんな時に目にしたるいの、海風に吹かれ星を仰ぐ姿はあまりにも自由。
そこに「こんちくしょう」と思うのだという。
その怒りが性衝動に転化する流れは男ならよく分かるという意見。

情けなさや負けん気・プライドが怒りになる、という男性の行動原理は驚きの初耳。
非常に説得力があり、いまひとつ曖昧だった‘男’の人物像がくっきりしてくる。
‘男’がどれだけ本気で将来を切り開こうとしていたかがよく実感され、克己心の強い
真面目な性格なら‘男’にとっても忘れがたい「事件」であったと容易に想像できる。

初めての女という解釈以上の‘男’の心のドラマへの理解が、教室に広がる。

■不縹緻(ぶきりょう)という言葉には別の意味があるという。
なぜこの字を当てているのか分からなければ‘男’の行動心理が理解できない。
不器量の意味はブスだが、それでは押し倒す気になれないらしい(彼は・笑)。
これには何か意味があると踏み、読みが分からず漢字の部首から調べたらしい。
(解:縹=はなだ/緻=“せいち”と打つと出てくる・精緻)

結果、不縹緻には「地味で控えめ」という意味を発見。
ネクラな女の伸び伸びとあでやかな一面を見たら急にそんな気になるのは分かる、
と聞いて一同納得。

この探究心には脱帽した。
「ぶきりょう」という音を聞いただけで年嵩の人間(私)はそれ以上調べなかった。
るいが不美人なのは確かだが‘男’の気をそそるぐらいのものはあったのだ。
るいの親は、娘の容姿より人づきあいの下手な頑固さを見極めたのかもしれない。

この物語は、ひょっとすると鈍臭い女の成長物語としても成り立つのでは?
今のるいは、落ち着いた笑みを絶やさない客あしらいの上手い女なのだから。

彼女はどこからこんなに変化したのだろう?


【るいの思いの反転】
■自分をレイプした男を愛しく思えるようになるものかがこの話の解釈のかなめ。
男性作家が書いた幻想、女の生理を無視した物語という意見もあり。
一方で、求め続けた願いを意図せぬ形ではあったが叶えてくれたのが‘男’であり、
生涯ただ一人の相手ならなおさら、美化も含め愛の対象になるのはあり得ること、
という意見もある。

1つ言えるのは、るいはレイプとは思っていなかったということ。
「ちょっと待って…あたしをどうする気なのさ…ねえ待って頂戴…もう一度、顔を
…あんたの…それじゃ名前を聞かして…名前だけ」

「あたしをどうする気」は、先々恋人づきあいが始まるものだと思っている言葉。
あたしどうなる気、に置き換えて考えると分かりやすい。

ところが‘男’は、一度歩みを止めながら無言で立ち去ろうとする。
それを見てるいは自分の望みが叶わないことを察し、その背中に投げかける。
「もう一度、顔を…あんたの…」
これは、それならせめて顔を見せてという願い。

しかし‘男’は頑として振り向かず歩いて行ってしまう。
「それじゃ、名前を聞かして…名前だけ」
るいの望みはどんどんグレードダウンしている。

そう、るいは懇願しているのだ。
被害者と思っていたら、この一連のセリフはもっと責め立てわめく内容になる。

るいには、ついにその時(幸せな未来)が来たという想いがあったのだろう。
それが容れられないと解かった後になってから、ただ自由にされただけという
無念さ情けなさが湧いてきた、というのがるいの心理の順番。

このセリフのあと、るいは泣き崩れる。
なぜ泣いたのだろう?
園子がもらい泣きするほど激しく揺さぶられた感情とはどういったものだったか?

実際その場で泣きながらこのセリフを言ったとは思えない、‘男’を引き止めるのに
必死でそんな余裕はなかった。
過去に涙する行為は、自分を眺めるある種の俯瞰、距離感があって起こるものだ。
ただの無念や情けなさだけではないものが、ここには動いている。

るいは‘男’に惚れてしまった。
「若いたくましい顔でございました」このセリフには嫌悪感が感じられない。
自分を選んでくれたという意識もあったろう、その充足が愛情にすり替わったと
しても不思議はない、まして初体験の相手なのだ。

受け入れがたい暴力だったら一刻も早く忘れようとするのが普通。
冗談にも「わたくしのロマンス」などという表現はできないだろう。
生きる支えにするほど思い続けているのは、‘男’への情が生まれてしまったから。

■るいの現在の落ち着きはどこから来ているか、彼女はいつから変わったのか。
必死で捜し求めた‘男’はついにみつからず、もう会えない絶望と取り残された自己
嫌悪と「どこかには生きている」という未練が、激しく交互に繰り返される。
どん底の心理体験は、一方で人を波のように洗っていくものでもある。

時代的には翌年に第一次世界大戦が勃発、欧州航路は南米航路に変更されている。
るいの海上暮らしもさらに命がけの様相を濃くし、緊張の数年だっただろう。
恋の苦しみや度を越えた労働は、人に達観をもたらし人格変容の契機を与える。

そのうえで、現在のるいはあれを尊い思い出と言える心境になっている。
‘男’との出来事がなければ、るいはどんな女になっていただろう?


【なぜ『顔』なのか】
■顔がないと思い出が完成されないという意見が受講生から出る。
だからいつまでも顔を追ってしまうのだと。
20年前に愛した男の顔を、女はつぶさに思い浮かべられるものだろうか。
そのとき一度しか会わなかった相手の顔は、どのぐらい擦り切れているものか。

‘男’はるいを認識していたが、るいは「初めて見た顔だった」と言っている。
生涯最大の事件の相手の顔は何があっても忘れないということもあり得る。
たとえば犯罪者の似顔絵を作ることが可能なように。

るいが一番知りたいのは、あの時‘男’は自分に気持ちがあったのかということだ。
実際、園子にそう尋ねてもいる。
客観的には到底そうとは思えないから園子は口を濁して話を打ち切るのだが。

岸田國士はなぜこのタイトルを、たとえば『波』にしなかったのだろう。
『波』は広くいつまでも繰り返す、たゆたっては寄せ、また引いていくうねり。
『顔』は一点凝縮された、たった一つのものだ。

では、『記憶』にしなかったのは?
『記憶』ではなく『顔』。

これはやはり秀逸なタイトルだ。
感覚的なもので説明できないが、そのもやもやと奇妙な説明し難さはそのまま、
るいのもどかしさ、漂泊感にオーバーラップしてもいくのだ。



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ブロック3は、やはり深くて面白い解釈がいっぱい出てきましたね。
密度が濃すぎて、このまとめもずいぶん長くなってしまいました。
疲れた(笑)

俳優というものは自分の心の動きに敏感でなければならず、またそれを覚え続け、
いつでも自在に取り出せる能力がいるのだということを、再認識した回でした。

そして、今回は解釈の男女差の発見が白眉でした。
今まで知りえなかった異性のリアルと向き合えるというのは、こういう場ならでは。
スリリングな興奮に満ちた謎解きの数々は、魔法のように鮮やかでしたね。

2週間のお休みでリフレッシュはできましたか?

今週はいよいよ最後のブロックに入ります。
ここはまた物語がもっとも動く場であり、それぞれがくっきり浮かび上がってくる
ダイナミックな終幕ですからね、5人の人生の在りようを思いきり楽しみましょう。

では、週末に、元気にお目にかかりましょうネ。






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