2015年10月21日

ブロック4:読み解きノート

kao12.jpg

ブロックはいよいよ終幕に入ったのだが、ここへきて驚天動地の解釈が。

物語のすべてがひっくり返る仮説の登場によって、全員が解釈の本質というもの
を体験する奇跡と出会うことになった。


【園子に近づく京野】
■京野には人の心にしのびこむ才能・魅力がある。
るいの昔語りが残した濃密な余韻に絡めとられていつもより隙がある状態の園子、
そこにスッと近づく京野は彼女のそういう変化を感じ取ってそこに乗っている。

園子に対して何度も「小母さん」と言ってのける京野。
「不良ね、あなたは」と咎めつつ、園子は結局それを許している。
生意気と思った反面ほぐれて楽しくなったと、園子のセリフを喋った受講生。
京野のペースに降参したあとでは徐々に気持ちを預けるような風情が出てくる。

■園子「ああ、変な気持ちだ…」
これはどう解釈したらいいか、すぐには掴めないセリフ。
受講生からいくつか実感が出てくる。
□るいは気がおかしく昔語りも嘘かもしれない、と聞けば気が抜けたようになる
□あんなに一生懸命きいてあげたのにと少しショックに感じる

もらい泣きするほど心を乱されたことは事実なのだから、嘘で気持ちを掻き立て
られたとしたら真実とはどういうものなのか、何が真実と呼べるものなのか分か
らなくなり、園子からこのセリフが出る。


【京野とるいの日常】
「あたふたと現れるるい」
「あたふた」には園子への期待がある、感想を聞きに戻って来たのだと受講生。
確かに「お前の気持ちはよくわかる」ともあの時‘男’がどんな気であったと思うか
も、るいが希望する言葉は園子からひとつも得られていない。

■毎日同じタンゴをかけられることは京野にとっては苦痛。
若さをもてあましている京野、辺鄙な地に閉じ込められている鬱屈。
一方でるいの飽きずに同じレコードをかけ続けるところは気狂いっぽくもみえる。

■「折角お馴染みになったお客様が…そんなことが何時までも妙に気にかかり…」
るいはどうしてもすぐに話を船のことに持っていく。
京野はジャズを聴いているのにそのお喋りを止めさせようともしていない。
るいと京野には、乳母と若様のような日常が出来上がっている。

7行に渡るるいのこのセリフには特に中身がないことが謎。
短縮上演ならカットの筆頭に上るセリフ。
なぜこのシーンで京野と無関係かつ筋を進める内容でもないセリフを配したか?

受講生より、直後に登場する‘男’と‘女’に立ち聞きさせたかったのではという指摘。

‘男’は食事中などに、昔るいが同僚だったことぐらいは‘女’に話しただろう。
が旅先の男女の会話は他にもあり、話題としてはもう遠ざかっていたはず。
そこへ実際に船の話をしているるいに出くわしたことで、‘女’の興味が再燃する。

「(るいの後姿を見送って)やっぱりそうですか?」
‘男’の答えは「そうらしいね…」
‘男’はこの話をそう積極的に続けたいとは思っていない。

ここは、いよいよ例の出来事の真相が明らかになる、そのイントロ部分。
立ち聞きは、シーンを強調するときに用いられる手法だ。

この7行は作家が構成的な仕掛けをほどこした箇所、立ち聞きはこのあと舞台上で
明かされる事柄の重要性を観客に予感・準備させる効果を生む。
文字で読んだだけでは見落としがちな、立ち聞きという動作の発見はお見事。


【観客だけに明かされる「あの顔」の正体】
■‘男’は‘女’の素直で巧みな誘導によって昔語りを始める。
‘男’が‘女’に話して聞かせるのは、あくまで昔の同僚だったということのみ。
自分が乱暴をした相手だなどと女房に語るわけがない。

しかしその繕いぶりから、るいの話を聞いている観客は‘男’があの火夫だと知る。

観客の興味はるいがそれを知ることになるのかというスリリングな一点に向かう。

※この時点では、実はまだ‘男’が火夫と同一人物であるとは言い切れない。
本当に単なる同僚であったとして、ドライな人生模様をテーマとする余地もある。
しかしそれではドラマにならない(笑)という問題もさることながら、のちに出て
くる驚きの解釈により‘男’があの火夫でなければならない理由が発見されたのだ…

■「待て…(考えて)…おるい…おるい…そうだ。たしか、おるいだ」
これは表現として本当に考えるのか考えるふりをするのか、どちらでもアリ。
‘女’に対する意識がどのぐらいあるか、関係性が浮き彫りになるセリフ。

■p26の4行に渡るセリフにこの‘男’の真実がある。
殊に「…あの女は昔の俺に、火夫の俺に会いたかったと言うよ…」
この‘男’唯一の叙情ゼリフ。
これがこの‘男’を演じる上での肝。

このセリフには4つのスイッチがあり、‘男’は珍しくブンブンにブレまくっている。
いつもながらに理路整然と語っているようでいて、内容は実は支離滅裂。

「この俺に以前のことを知られているのが、ちょっと、やりきれないかもしれん」
「嫌かも」でも「都合が悪いかも」でもなく、「やりきれない」という言葉。
ここに‘男’の墓の下まで持っていく罪の意識が、微かに匂い立つ。


【‘女’の人間性】
■「何処で誰に遭うかわからないものね」
これがこの‘女’の真骨頂。

直後の‘男’の、
「お前なんかにはそれが何かのめぐり合わせみたいに思えるんだろう」
ここからこの‘女’の発言は‘男’にやすらぎを与えたことがわかる。
‘男’の支離滅裂な分かったような分からないような説明に‘女’はツッコまない。
かわいい女ぶりを見せて‘男’の気を変えてやれる。

この‘女’は頭がいい。
無学かもしれないが人の心の機微を分かっており、決して出過ぎない。
何より‘男’をだいじに思っている。


【何も知らないるい】
■直後にホールに入ってきたるいへの、‘男’の応対はこよなくやさしい。
男性受講者にこの心理を聞いたところ、やはりるいにどう思われてきたのかが一番
気になる、そこに許しはあるのか、負い目があるためつい様子を伺いたくなる、
と共に、いたわりやなつかしさといった思いを知らず知らずかけてしまう、と。

「わたくしどもは…でございますから」
このまるで同じ言い回しをるいが二度も続けるのはなぜか?と受講生より。
これはよい気づき。

るいはホテルの女中頭としてこの場にいる。
るいらしい謹厳実直さで、仕える距離をたもって「お客様」に接している。
目の前のこの‘男’が今も恋い続けている火夫だとは夢にも思わないままに。

わりないすれ違いを目撃することになった観客にとって、このるいは憐れ。

特にこのあとは、すぐに園子が入ってきて二階へ上りまた降りてきて新聞を読みは
じめ、その間に‘女’も二階へと上り、またすぐに京野がテラスから戻り園子を誘って
また外に出るという、ダイナミックで淀みない動きが書かれている。
るいと‘男’だけが定点に座ったまま動かない。

読んだだけでは何気ないやりとりにしか見えないこのシーンには、実は過去と現在
を対比させるゴージャスなグランドホテル方式の演出が仕掛けられている。

物語のスケールがもっとも出るシーンなのである。


【『顔』のクライマックスとは】
■‘男’はるいと二人きりの会話を持つ。
あくまで客として、しかし何処かるいに寄り添ってやっているような軽い会話。
そしてお定まりの、船にまつわるるいの長ゼリフが始まるのだが…

個人的に、何度も読むうちこの長ゼリには、るいの求めてやまない時間を与えて
やりたくなった。
すなわち、普通ならあの夜の出来事のあとにあったはずの時間----並んで寝転んで
星空を仰ぎながら身の上を少しずつ語り合うような、不器用であたたかい時間----
を、るいにあげたくなったのだ。

p29のこの8行のセリフを、‘男’にはやさしい共感で生き生きと受け止めて欲しい。
「ああ、そうだ」「うんうん、わかるよ」と、まなざしの合いの手で同じ時間を
共有して欲しい。
そうして初めてるいの心根に触れ、るいの世界と融合したときにこのセリフがくる。

「あの星の下で、人間が醜い争いをするなどとは考えられません…
たとえ、そこで、わたくしをだまし、わたくしに背いた男がいましたにしましても…。」

るいはあの火夫を許している。
これは人の営みの汚れをとび越え、ついに清らかな境地にまで至った美しい言葉。
お定まりにみせかけて、物語のクライマックスは実はここにあるのではないか…

るいはまるで、菩薩のようにそこにいるというのが私の解釈。


【反転してしまったラストシーン】
■「少し病院ですね、このホテルは」
ここまで、‘男’のこのセリフは「ここにいるのは傷を抱えた者ばかり」という意味
で捉えてきたのだが、るい菩薩説を聞いた受講生が驚きの解釈に到達する。

‘男’はるいの許しの姿に触れてものすごく癒されたはず。
とするならこの「病院」は、傷ついた者が集まる場所ではなく「傷を直すところ」
の意味なのではないか。

「まるでセラピーですね、このホテルは」と読めませんか?というもの。

教室は俄然色めきたち、この説で通るかの検証を始めたところ、セラピーから発想
を得た別の受講生が更にもう1つの謎の解を発見する。

‘男’がるいの許しの言葉に触れた直後、ホールに戻って来た京野が園子に言う、
「明日、あの鳥が生き返っていたら、僕の勝ちですよ」
この子供っぽさが彼には異質で、そもそもなんで急に鳥が出てくる?という疑問が
あったのだが、

鳥は自由の象徴と考えればそれが生き返ることには希望がある、
京野も園子も、傷が癒えて自由な世界に羽ばたくという夢を持ったのではないか、
それはセラピーとリンクするイメージではないか、と。

すると園子夫人の反応、
  男「少し病院ですね、このホテルは」
夫人(驚いて男の顔を見る)
これは、「あらま、あたくしも(そう思っていました)」という意味になる。

確かに、冒頭かなりシニカルだった園子は、るいの昔語りを聞いてもらい泣きし、
るいを気狂い扱いする京野に反発し、心臓の調子が悪いというるいを心配する、
という変容を遂げている。

思えばこれまで互いに長逗留しながらドライな距離を保っていた京野と園子が、
急に二人きりで行動をするまでに至ったシンパシーの通い合いも、園子がるいの
昔語りを聞いたあとに起きている。

京野が、るいのお喋りを拒絶していない訳も、乳母と若様のような独特の距離感
を許している理由も、るいに秘かに心地よさを感じていたからかもしれない。
二人ともちゃんとるいに孤独を癒されたのだ。

もっと殺伐としたクールなやり取りで読んでいただけに、ラストシーンがいきなり
清々しい様相になったのはにわかには信じられない反転だったが、たとえ誤読でも
この物語の「山」に肉迫できたことは、この教室のすこぶる大きな収穫になった。

『顔』は、知る限りこれまで4度上演されている。
昭和26年の新派での初演に始まり2002年には本家文学座でも打っているが、評価
はどうも難しいものだったようだ。

このホンはそれだけ厄介なわけだが、4本の芝居の解釈がどういうものだったのか、
読み解きのスペクタクルを経験してしまった身としては気になるところである。


【こじつけ解釈かもだが…】
■ここまでくると、るいを太った女に設定したことにも意味を見出してしまう。
菩薩はやはり、肉の豊かな女のほうがふさわしい。

癒しがテーマなら、海のように豊穣な身体は痩せた女優からは得られない説得力
を放つだろう。
そこまで意図しての設定だとしたら、岸田國士という人は、やはり凄い。

そしてこの設定を思うと、るい菩薩説はあながち誤読とも言えないのではないかと、
確信に近いものを感じるようになっている。


【るいを変容させたもの】
■それはやはり自然だったのではないかと、受講生から。
海があり星があり、それはまさに人間の力では変えようのない神の意思そのもの。
海の上で傷つき海によって癒されたるいは、今も、いつも海に抱かれている。

るい自身は、思い出に囚われたまま明日の望みもないデラシネのように、わが身を
感じているのかもしれないが、波に洗われて、るいは確かに大きな人間になった。

■受講生がイメージしたラストシーンが美しかった。

灯りを消してテラスに続くドアの鍵をかけようとしたるいは、
外から入ってきた‘男’と出くわす。
その瞬間、正面のガラス窓いっぱいに銀砂を撒いたような星々が瞬きだす。
波の音がとどろきはじめる。

20年ぶりに暗がりで出会った、るいと火夫。
そこは地上ではなく、まるで船の上のように見える。

火夫は黙ってるいの前を通り過ぎる。
星はいよいよ瞬きを強め、海はますますとどろく。
火夫はしっかりと階段を昇って、‘男’になっていく。

るいはその背を追うでもなく、船の上をゆったり歩きはじめる。
波の音とともに。
かすかに、遠い汽笛が鳴ってもいいかもしれない。



---------

解釈はひと通り、最後までいきました。
まさか、、こんな展開になるとは、誰が予測したでしょう(笑)

これだから読解は面白い。
戯曲は芝居の設計図であるとともに、気持ちの海図でもあるのです。
それを真摯に丹念に追っていけば、あらたな自分と出会うことは当然なのですね、
海に映しているのは自分の姿なのだから。

人と一緒に読むことは、人を見ることでもあるのです。
驚きの発見が、本当に思った以上にいっぱいあふれた、いい時間でした。

今週からは更に深く、抱いたイメージを身体に落とし込む段階に入ります。
どの役を、どんな声で演じたいか、夢をふくらませてくださいネ(笑)

11月から参加の受講生さんも、続々名乗りをあげてくださってますヨ。

Bon voyage!
菩薩さまのように広く大きな海の旅は、まだまだ続きます。












posted by RYOKO at 00:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 『顔』を読む! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは!
前回は物語のイメージをまるっと変えられるような衝撃的な意見が飛び出ましたね!そこから芋づる式で色んな考えが出てきて。体力の消耗が激しかったです(笑)

次回はいよいよ表現・読みですね!どの役も魅力的でやってみたいですが、今一度自分のやりたい役を考えます!
次回もよろしくお願い致します!
Posted by けいか at 2015年10月22日 21:30
今回も刺激的な時間を有難うございました!!
自分だけでは考えられなかった意見にK.O.されました笑
回を重ねるごとに戯曲解釈の魅力にひきこまれます!

次回からの表現もとても楽しみです。
全部吸収して帰れるように頑張りますので宜しくお願いします!
Posted by あやか at 2015年10月22日 22:37
けいかさん、コメントありがとうございます。

体力の消耗。確かに。(笑)
うちの中年、いやいや中堅の役者Eが、
急にあたま使いすぎて、ぅぅ…頭痛に、なってたのが笑えました。

しかし、セラピー説は凄かったですね。
解釈って本当にこういう大ドンデンがあるので、
片鱗だけでもみなさんに伝えられたらいいなとは思ってたんですが、
まさかこんなにガッツリ体験してもらうことになるとは、わたしもあんびりーばぼー。。

それもこれもみなさんの力量なんですヨ、本当に。
よいメンバーに集まっていただけたなあと、つくづく愛しいです(*^ ^*)

今週からの新たな道も、がんばって切り開きましょうネ。
Posted by RYOKO at 2015年10月23日 01:39
あやかさん、コメントありがとうございます。

そう、独りでやってるとあらぬ方向に爆走しているのではと不安になるんですが、
みんなで出した答えだと作品への理解がいっきに共有できて、
座組がバッと一枚岩になるのも、おおぜいで解釈する醍醐味です♪

たぶんね、掘れば掘るほど出てきますよこの作品は。
配役によっても、色がまるで変わるホンですしね。

肉体に落としはじめるとまた新しいものがみつけられるでしょうから、
未知の自分との出会いを楽しみにしていってもらえたらと思います。

表現は11月からが本番!
おさらい会までの2週間は、それぞれの課題が見えてくることが目標なので、
大胆自由に、いっぱいコケたもん勝ちだからネ(笑)
Posted by RYOKO at 2015年10月23日 01:57
本当に面白かったです!。

普段、自分でお話を考えているときは
主人公の願いや欲求をどうやって実現させるかということが
話しの軸になることが多くて
そのアプローチで解釈を試みていたのですが、
るいのささやかな願いを叶えたい…ということが
こういう形で表現されることが出来るのか!と驚きました。

切ない女心、るい当人は気がついていないんだけれど観客は叶っていることを感じとりますね、きっと。パチパチ。
観客が自然に視界に入ってきました。

演劇ならではの醍醐味を感じることができました。
ラスト 波音が聞こえてくるようでした。

過去に上演された舞台の解釈と演出がほんとうに気になります。むむー、はがゆい。映画ならDVDを捜せば済むのにぃ。

しかし、上演されたということは
あの長セリフを覚えたのですね。るい役の方。凄い。
Posted by Mumble at 2015年10月23日 03:17
Mumble さん、コメントありがとうございます。

よかったー、発見の驚きを感じていただけることになって。
うれしいです〜!

私ももちろんすべて読んだわけじゃありませんが、
岸田國士って、ささいな日常の中に鋭いドラマ性をみつけるのが上手な作家で、
家族の話などが多い印象だったので、
この『顔』はスケールといいロマンティシズムといい、とても異色と思ったのですね。

異色で言えば、こんな上演しづらいホンを書いたということもそうですけど(笑)
このホンはもしかしたら、実験的な作品なのかもしれませんね、
初演まで20年近くかかっているぐらいなので、純粋に劇的なるものを書きたくて書いた、
そんな作品だったような気もします。

るい菩薩説は、本当は解釈というよりは「演技プラン」の域なんですけどね。

解釈を進めていくうちに物語と同化し始めると、
おのずとこういうものが出てくるという、役づくりのスペクタクルを、
感じられる教室にまでなれたらいいなとは思っていたんですが、
実現できるとは予想していなかったので、私もかなり感動しています。

別の場所でどなたかが、
「戯曲の解釈って恥ずかしい」というようなことを仰っていましたが、
そうなんですよね、架空の人々とはいえ人様の秘密を暴き立てる行為なので、
それを大人数でやるとなるとその感は更に…
なんだかイケナイことをしている気分になりますよね。あはは。

でも。
だからこそ、ハマるでしょお?(笑)

これ、追体験なんですよね。
よい作品にはちゃんと人生が書かれているので、
読解とは、自己変容まで引き起こしかねない、本来強烈なものなんです。

面白いんですよ、ホント。。
この世界はできるかぎり大勢のかたに体験していただきたいわ〜。

そうですね、表現クラスと、また新たなホンの解釈クラスと、
講座を二本立てにする価値はありそうですね。

小説のような地の文がないだけに、戯曲の読み解きはサスペンスフルで、
実は私も次の旅先を探したくてうずうずしてます。(笑)
そう遠くならないうちに実現させましょう。
Posted by RYOKO at 2015年10月23日 05:30
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