2016年01月17日

『芝浜』 第一回:江戸に酔う

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『芝浜』 第一回、いやぁ盛り上がりました〜。

落語はもしかしたら、聞くより演るほうがおもしろいかもしんない。
まあ、聞くと演るとぁ大違い、ありゃりゃ…ってことも、
やってみてわかったわけですが(笑)

あの独特の調子で走り出すと、あっという間に世界に引き込まれちゃう。
落語っていうものは、どんどん気持ちが開放される、
聞いてるほうにもそれが伝染ってって、みんなが一つになりやすい。

ある意味、お酒飲むより酔うかもしんないですね。
ゲラゲラ笑ってましたからねみんな、言い間違えさえ肴になる感じで。
ああいう無邪気な罪のなさっていうのが、お江戸の魔力ってことなんでしょうかねえ、
日本人のDNAを持ってる快感に打ち震えた時間でした。

おもしろかったのは、それぞれの個性が芝居をやるより明確に見えたことで。

話芸っていうのは、そういうことなんですね、
もちろん「役」にはなるんですけど、素で勝負ってところが大きい。

芝居の場合は、役からはみ出るのは基本御法度という堅固な枠があるわけですが、
落語は自分が話すわけだから、むしろ話し手の人間性がどんどん見えてきちゃう。

隠れ蓑があるか、裸を晒すかの違いと申しましょうか。

一枚まとうことがなりわいの役者にとっては、このへんかなり度胸がいるんですね。
ヤケに恥ずかしい!って言ってるメンバーが多かったのが印象的でした。
いや、実際おそろしい芸ですわ、落語。(笑)

古今亭志ん朝さんの噺を、テキスト化してもらって読んだんですけどね。

随所に出てくる「ええ?」とか「なあ」とかいう、“おのれ合いの手”みたいなアレが、
どこにどう入ってくるかというのは、志ん朝さんの語り口のクセなんだけど、
役者はここに苦戦するわけですよ、
言葉として再現しようとしちゃうんで、つい何か意味を持たせてしまうんですね。

いやいや、単に調子を整えるための生理的な音だから、ってことなんだけど、
これは芝居の台本には無いものなので、新鮮、かつスリリングで、
カルチャーギャップをもっとも感じた、妙味のあるところでしたね。


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時代の違うホンに当たるときはお勉強は欠かせないのですが、
この 『芝浜』 に出てくるのは、
江戸情緒を言葉のみでかもし出そうというわけですから、
お江戸の魚屋さんの持ち物や扮装、小道具ひとつとっても分からない名詞ばかりです。

でもこういうのは自分で調べたほうがいい、というかそのほうが圧倒的に楽しい。

私がああ!と見つけたのは、「福茶」 と 「笹」 の意味。
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ほぼスープ…(^ ^:)
福茶 (ふくちゃ) とは、お正月や節分などに出す
昆布や梅干などが入った縁起物の緑茶、
ということだったんですが、
なんか飲み物として強引じゃないですか? 不味そうで(笑)

いや、噺の中で魚屋の熊さんもそう言ってるんですけどね。
私も、いくら縁起物でも大事な節目に不味いもの飲むなんてヤダなあと思い、
何のこだわりが? と疑問が湧いたのです。

そしたら、柳家さん喬さんの 『芝浜』 で、ひとくち飲みながら、
「福じゃ、福じゃ」 って言ってるのを聞いて、あー!語呂あわせを楽しんでたのか!と。
これならやせ我慢が信条の江戸っ子は喜んでやるね、と納得したのです。

そして、「笹」 ですが、
これもかなり唐突に出てくるので、ん? とノッキングするところ。

これはですねぇ、もともと 『芝浜』 は三題噺 (さんだいいばなし) といって、
休憩中に、お客さまから三つのお題をいただいて楽屋で組み合わせて筋書きを作り、
すぐに高座にかけるという、取って出しの荒業(笑)から生まれた噺だそうで、
「酔っ払い・芝浜・財布」 という三題だった、というのが定説なのですが、

もうひとつ、
「増上寺の鐘・財布・笹飾り」 という説もあると知って、あー、この笹なのね、と。

何がなんでもねじ込まなくちゃいけないので、あんな急に出てきたんですね。
そういうライブ感を知って読むと、
噺も終わりがけになって笹が出てきたところで、お客さんはドッ!と湧いたろうなと。

お見事ですもんねえ、お江戸の寄席の楽しさが実感できますよね。
調べてよかった。
 
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商売繁盛 笹もって来いこい♪
ちなみに、笹は、
根強く、繁殖力も強く、風雪寒暖にも強い、
ということで、
古来より神聖な植物として愛でられ、
葉がサラサラと擦れ合う音は、
神さまを招くと言われてきたようです。

笹はタダだが飾りにお金がかかるようで、
魚屋の熊さんのお宅でも、
福笹を求める余裕が出来たんですね。


『芝浜』 は、目利き腕利きの魚屋でありながら仕事に身が入らず、
酒を飲んではサボることばかり考えているダメンズの熊五郎が、
革財布を拾ったことで真人間になっていくという、煎じ詰めればそういうお話。

大ネタなだけあって(1時間前後かかる)、聴けるのは大御所の噺ばかりなので、
この夫婦も30代か、へたしたら40代ぐらいのイメージで、
なるほど演劇的に言うなら、主人公夫婦の 「再生の物語」 なんだなと思ったのですが、

もう一つ、
これって 「成長物語」 にも出来るんじゃない? と、
わたし思いまして。
この切り口でやってる噺家さんがいてもよさそうなものなのになあと、
思っていたら、やっぱりいらっしゃいましたよ。

そう、福茶のフォローを入れてくださってた、柳家さん喬さんです。

さん喬さんの魚屋(こちらは勝五郎)の、キリッといなせな声を聴いたときに、
ああ!これは若い二人の物語だ!これはまた別のいじらしさに涙できる、
と嬉しくなっちゃいました。

『芝浜』 には、大きく分けて二筋あるんだそうですね、
志ん朝さんの噺は、華やかで安心して笑える伝統的な古典、
さん喬さんの噺は、三代目桂三木助師匠の流れにある文学的な新作、
ということになるようで。

正直、女房の第一声を聞いたときには、く、暗っ!うらめしや〜って言いそう、
なんて思っちゃって一瞬聞くの萎えたんですが、ところがどっこい、この人の勝五郎が、
ものすっごい色っぽさ!

それで最後まで聴いちゃって、女房の口説き場まで来たらもう号泣に。
同じ噺なのに、こんなに違うんですよ。
このバージョンを知ってしまったら、ちょっともう素通りはできなくなってしまって・・・
全身耳でテキスト聞き起こしました。

はい、第二回はこの、さん喬版 『芝浜』 を読みます。

必聴です。
さん喬師匠の、水も滴る艶っぽい勝五郎を確かめてください。


たぶんこのおかみさんは、『天皇の料理番』 の黒木華さんみたいな、
喜怒哀楽がおとなしい、けれどしっかり芯のある女なんだなーと感じました。

演劇人にとっては、ドラマチックなこちらのホンのほうがやりやすいかもしれませんね。

今回は受講生さんから自発的に出た企画。
こういうのは大歓迎ですね、
教室をご自分の興味の実現の場にしていただくという理想が、早くも動き出したわけで、
意気に感じてわたくしも、『芝浜』 豪華二本立てにしてしまいました。

名人お二人のホンを比較して勉強できるなんて、ゴージャスにもほどがありませんかい?

そんなわけでこの 『芝浜』、期間延長することにしました。
一回ずつ当たって終わりなんて、もったいなさすぎるぅもっとやりたいぃいいい、と、
受講生さんたちから阿鼻叫喚が出たので。(笑)

これが大事。
自分がやりたいって求めるものが、何につけても何よりの進化をもたらすのですもの。

面白いことになってます。

たぶん、次の教室が待ち遠しくなってくださってるんじゃないかな、なんて、
こんなに仕合せでいいのかい? とふるえつつ、
困るのは、
講座が面白いと寄り道もしたくなっちゃうことで。

しかも新宿、燦然と輝く「末廣亭」の前なんかに出ちゃったひにゃあ、
どうしたって一杯ひっかけてきたくなっちまうんですぁ旦那。

この誘惑と戦うのが、っこわい!
なんたって呑んじゃったら、

夢ンなるといけねえから。







posted by RYOKO at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 新春特別企画 『芝浜』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
落語の活きのいいセリフの掛け合いを、戯曲のように男女(夫婦)のセリフにして
いろんな年齢層、経験の者で読むとどうなるのか、面白いんじゃないか…
というのが、最初の思いつきだったのですが、こんなに面白いことになるとは
想像以上でした。リブレの男優さんが流石で、うならせて頂きました!。

りょーこさんの「そのセリフをアントワネットのように言ってみて」に驚き、
「あたくしはフランスの女王ですから」の抑揚が
長屋の魚屋の若い女房に適用されるとは思いもかけず、
その生き生きとしたやりとりに、面白いもんだなあ…と感じました。

若手も苦戦しながら、二度目の読みは目を見張るものがあって
勘所を掴んだのね!と、聴いていて嬉しくなっちゃいました。

大変、楽しかったです。

余興程度の提案だったのだけれど、本講座に採用して頂き、感謝です!。
Posted by Mumble at 2016年01月18日 00:23
Mumble さん、コメントありがとうございます。

いやいや、想定以上の大活況でしたね。
『顔』 は内側から出てくるものを探ってさぐって、表現はその裏をかく、
というような陰に籠もっ…いやいやインテリジェントな(笑)近代戯曲なので、
落語の反射的にポンポンものが言える発散の応酬は、とても刺激的でしたね。

これは確かに、室内劇・会話劇を学ぶには非常にためになります。
受講生さんたちが期間延長して欲しいって嬉しそうだったのも、もっともです。

あと一ヶ月ぐらいかけてじっくりポンポン(笑)やってけば、
ダイアローグ(会話)の肝を早くモノに出来そうです。
特に落語は型にハマりやすいので、個人の弱点がよく見えていい。

あ、はは、アントワネットは彼女を見てたら浮かんだのです、
ああなるほど、じゃあコッチで言ったほうが分かりやすいだろうなと。

さん喬さんの、あのゆっくりしたテンポの喜怒哀楽の見えづらい女房を聴いて、
そうか落語って何をどうやってもオッケーなんだと目からウロコが落ち、
そこからあんな指導が出てきたんですね。
知るって大事です。

楽しみですね〜、ここからみなさんがどんな彼らを作っていくか。
きっとそれぞれの可愛さが出て、とても華やかな講座になるでしょう。
その喜びが欲になる。
素晴らしい循環です。

本当によい教材をご提案くださいました。
Posted by RYOKO at 2016年01月20日 00:47
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