2016年10月03日

ご無沙汰ばかりと…

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夏の講座は一週間前にすべて終わった。
熱い夏だった。

出会うための場なのだけれど。
すべてが愛おしく、すべてがせつない。
恐れていた秋まで来てみると、その思いはやはり、ひとしお胸に迫って、
嘲るほどに苦しい。
たとえば夏までは見も知らなかったひとが、心の琴線にふれあう存在となって、
そうして秋。
今はそれぞれに、ひとり、独り。

二度と会えない人になるかもしれない。
また戻ってくる人かもしれない。
できるのはとにかく…せいいっぱい愛すること。
それだけは揺るぎなく、いつわりなく、惑いなく。
いや、惑いはあるのだが、常に、一瞬間ごとに、くるくると。

心ほど移ろうものはない。
当てにできない何かただ一点を求めて、人は際限なく餓(かつ)え、振り回される。
まして人のそれともなれば。

恋をすると芸が駄目になる、そんな言葉を、ついこのあいだ聞いた。
なるほど確かに…そうかもしれない。

恋は、人の心を刹那でも得ることができたという、生きる喜びの最たるもの。

しかし、誰かをあまりに恋うると、この実世界では脱け殻になってしまう。
天に浮き、地にもがき、心は瞬間ごとに乱され、とても現実を活きられなくなる。


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恋ほど儚く頼りにならないものはない、そんなものに自分を預けるのは嫌。
人の心を欲しがるから、そのたび苦しい淵に沈んで自分を生きられなくなるのだ。

確かなものが欲しい、決して裏切らない確かなよりどころ、
それは何だろう、この世の中にそんなものはあるのだろうか。

あるのだ、たったひとつだけ。
自分自身だ。
この身が生きているというその事実は、決して侵されることはない。

だから、人の心の介在しない自分の意思というものだけを見定めて、
ただ自分だけを頼みに、生きる。
前へ…進んでゆく。
そうすれば他者から傷つけられることも苦しめられることもなくなる。


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なるほど確かに…人生の構築の前には、恋は悪い酒なのかもしれない。
個人的には、一度しかない今生で、このタチの悪い二日酔いに苦しむことを否とは、
未だにし得ないのだけれど。

小町のこの思いは、言い換えれば 「もう恋などしない」 ということだ。
そう生きられたらどんなにラクか。

小町のこのスーパーリアリズムを完遂できる人間など、実際にはほとんどいないだろう。
恋は、するものではなく落ちていくものなのだし、
やはりもっとも人を成熟させ、人生に意味を与えるものなのだから。

青春の陶酔者、詩人の対極に在る老婆小町に、何か共感しきれぬわりなさが残るのは、
この乾いた達観に追いつけないからだろう。
人はやっぱり潤いを抱かなければ生きてはいけない、たとえそれが涙であっても。

小町はすでに人間の性(さが)の超越者なのだ。
ということは逆に、煩悩に懊悩した体験が、若き日の小町にもあったということだ。


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「それ以来」 とは、いつのことだったのだろう。
その時から恋はやめた、ということなら、それはやはり少将を失った時ではあるまいか。
失ったというよりは、裏切られた時。

その裏切りは究極の愛の証でもあったのだけれど。


これにも関連して、どうしても分からなかった最大の謎が、最後の金曜クラスで解けた。

小町との諍いのあと、死に魅入られた少将が一度立ち止まって直後に吐きだす長ゼリ。
これが何の暗喩か分からず、少将の恍惚の源泉にどうしても迫れずにいたのだ。


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いわゆる三途の川の渡し船というやつが、少将の場合これほどのスケールなのか?
としか考えつかなかったのだが、受講生がこれはセックスの描写では?と気づいたのだ。

なるほど、これは慧眼だ、そう読めばすべてが通る。
「ありえないこと」 の意味がハッキリ解かる。

この少将という男は、性に目覚めた頃から極上の恋を夢みてきたのだ。
小町はこれを実現してくれる存在、まさに夢の女と、彼はめぐり逢ってしまったのだ。

だから百夜通いも達成でき、文弱の徒と罵られようと軍務を放棄することさえ出来た。
だから死によってこの恋を永遠に凍結させることを、真から望んだのだ。


この思いが子供の頃からの強烈な夢だったと分かって、確信したことがある。

これはやはり 『髪結いの亭主』 だ。


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 というか、パトリス・ル・コントは、
 この戯曲を読んでいたのではなかろうか。

 フランスではいまだ別格のこの作家だ、
 知識人なら知っていても不思議はない。

 もしかして、『髪結いの亭主』 は、
 この物語から着想したのでは?

 「究極のエゴは、最大の愛の刻印」

 私が感じたこのメッセージは、
 少将が小町に与えたそれそのものだ。

 映画では男女が逆だが、
 子供の頃からの夢の実現といい、
 ヒロインの残酷な選択といい、
 ディティールが酷似しすぎている。

 これはぜひ映画を観て確かめて欲しい。


少将は小町との恋に陶酔し、死ぬことで永遠を得た。

この世は無常。
時が移ろっていくかぎり、すべては変わる。

どんなに愛した人とも、必ず別れが来る。
どんなに大切なものも、必ず色あせていく。

無常ということと直面するとき、人は打ちのめされ、圧倒的な苦しみにしゃがみ込む。

小野小町こそ無常の体現者。
物語の原本である謡曲も、もちろんこの物語も、すべてはこの歌から始まっている。


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〜桜が長い雨に色あせ散っていくように、恋も自分もあっというまに移ろい褪せていく〜

無常。

少将はこれを嫌った。
相手が変わってしまうなら自分の時を止めれば、関係は永遠に凍結される。

恋に殉じ、自分の時を止めることは、相手に一生消えない烙印を押すことになる。
少将は無常を越えようとした。

老婆は無常を受容している。
相手に出会ったことも失うこともすべて仕方のないこと。

けれど老婆の心の中には少将との時間が息づいている。
何百回、何千回と心をたぐっても、少将との事実が色あせることはない。

失われた恋は、それが甘美であるほど思い出すのが辛すぎて、すべて封印したくなる。
そうしないと生きていけない。

恋の極上が欲しくてあんなに夢中になって情熱を傾けたのに、悦びに纏った艶めく絹は
失った途端に自分の首を絞める紐になる。

苦しすぎて、だからすべてを封印するのだ。
そうして時を経る間に本当に忘れてしまう、あのとき確かにあった幸福まで。

しかし小町はすべてを鮮明に覚えているのだ、百年たっても鹿鳴館の再現ができるほど。
これは残酷なことだ。

人は、離れてしまえば遠くなる。
存在は日常の刺激の向こうに埋れ、薄まり、絆が弱ければ思い出すことすらなくなる。

それが片恋なら、報われぬ想いを忘れようと自ら刺激にまみれる努力をすることになる。
去るものは日々に疎し…
なんと怖ろしい言葉だろう。

しかし毎日をルーティンで生きている小町には、刺激が上書きされることがない。
「それ以来」 80年、記憶は鮮明に保たれたまま。

少将とのことは小町の最後の恋だった、最後で本物の恋。
「それ以来、酔わないこと」 を自ら選んだのだ、どれほど愛していたかということだ。

百年ごとにめぐり逢う恋は、百年ごとに失われる恋でもあるのだ。
いったいこれは幸福なのか不幸なのか。。


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少将は永遠が欲しかった。
小町は永遠など無いと悟っていた。

永遠が欲しい少将は夭折し、永遠など信じていなかった小町は生き永らえる。

もしもあの時…
「思い出した」 と言った詩人が覚醒すれば、小町も滅びることが出来たのかもしれない。
少将から戻って来られれば。

しかし詩人は、完全に少将の魂と融合してしまう。
そうして心から、「君は美しい」 と言う。
それは運命だと知っているから、押し止めようとする小町の声は力なく、細くなっていく。

小町はあの時、三人を相手にしていたのだ。
少将と、詩人と、「男」 という生き物とを。

さびしい、豪奢な、なんという恋。

・・・・・・・・



ひと夏、夢中で追いかけた、小町という名の女の物語。

最後はやはり、この曲に戻りましょう。


この曲との、そして一緒にすごした受講生さんたちとのめぐり逢いが、
この夏を、真から美しい季節にしてくれました。

やはりとてつもない名作でした。
物凄い魔力に満ちた物語でしたね。

夏の旅は、ここで幕です。
でも…

いずれまた。
今度はちゃんと、肉体を使ってこの物語と出逢う。

二百夜か、三百夜かのちに…
そういう運命だから、
ふたたび逢いなおしたその時に、交わす言葉はもう知っている。


ご無沙汰ばかり。


その時は、きっとまあるく満ちている、
月の光もふんだんにある庭で、
焔の影のようにしずかに、いつまでも、、輪舞(ロンド)を踊りましょう。










posted by RYOKO at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 小町という女 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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