2016年12月23日

響く会、おさらい会

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2016秋のおさらい会、無事に終わりました。

昨秋の開講以来三度目ですが、今回は新しい試み尽くしの会になりました。



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まずは何より、東啓次郎先生をお迎えして、生の和楽器とコラボレーション出来たこと。
詳しくは後述しますが、本当に想像以上の素晴らしい瞬間でした。

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そもそも見ず知らずの演奏家さんをネットで募集したなんてことも、初めてでした。
こんなに上手い運びになるとは予想していなかったので、
今なお狐につままれた感が残りつつ、味をしめそうになっている自分を戒めています(笑)

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そして稽古場に照明を入れてもらいました。(リブレ江頭さん多謝!)
やはり白々した蛍光灯の下で読むのとは、みんな集中度が格段に違ったようです。
ギャラリー席が暗いというのも新鮮で、観る側の記憶もより刺激された気がします。

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また今回は、自然発生的にお客さまが何組もお越しくださったのです。
啓次郎先生もお呼びになってらしたので、入れ代わり立ち代わりどなたかがお見えになり、
ミニシアターのような風情になったのが、今後の展望を開いてもらえた嬉しい誤算でした。

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それから、現役受講生さんの数が一年前の1.7倍に増えたこと。
初めましての人々が、休憩のたびに交流の輪を広げていく様を垣間見て、
ああこれは教室のおさらい会という以上のソシアルな場になったんだな、と実感しました。

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そうして、『驟雨』という一つの作品に朗読と芝居の贅沢な二つのアプローチが出来たこと。
このクラスから学んだことは本当に多く、大きかったです。
正直凄く辛かった、だからこそ教室の新しい柱としてこれを立てて行く希望が得られました。



初めてと初めてが出くわし響き合う、おさらい会とはまさに、ジャズセッションなのです。
その白眉が、東啓次郎先生との出会いでした。

8年前、横浜テント公演の幕末時代劇で、龍馬の愛人おりょうを芸者で演った自分は、
都々逸もどきを唄った経験があるので、
生のお三味一本がどれほど大きな音を出すものか、知ってはいたのですが、
稽古場に響くそれはまた、まるで違うものでした。

 先生のお三味、そして地唄を聴いたとたん、
 板の上の受講生たちの目の色がクッと変わって本域に入った。

 あの瞬間は、わたし、一生忘れないと思います。
 先生の本気の芸のお力で、彼らの役者魂の底が上がった瞬間でした。

啓次郎先生には、こんな御礼を申し上げました。
あたしこそがご一緒したかったという、
いちおうまだ現役を張っている役者の悔しいジェラスとともに(笑)

というわけで、久々の動画アップでございます。

機械音痴にもほどがあるため、当日まともに撮れていたのは『たちきり』墨田班のみ。
神田班と『驟雨』のみんな、ごめんね〜!゚・(T T)・゚゜°・
てかこれだけでも先生のお姿が納められててほんとよかった。

百聞は一見にしかず。
クライマックスのみ3分ほどのお披露目です。

演者もギャラリーも鼻すすってますね。(笑)

よいお話でした。
思えばこれは、
今回も高座をしてくださった亜呂波亭ロコ輔さんに教えていただいた噺だったのでした。
ひとさまのご縁とは、かくも美しき結びの彩を放ってくれるものなのですね。

今季ご参加の受講生さんたちは、みなさん、次回もとおっしゃってくださっています。
わたくしに頂戴した、何よりのご褒美です。

それもこれも、芸に真摯を尽くされる大人の男性お二方の、お力添えのおかげです。
そして、この教室を面白がって遊びに来てくださったお客様がた。

みなさん、本当にありがとうございます。

おさらい会の翌日から、私は余韻に浸る間もなく母船の稽古に入っております。
受講生さんたちも、すでに次の現場に旅立っている方が大勢います。

大晦日まで、あと七日。

いろんな人と出逢って、いろんな本を読んだ。
たぶん二度と…逢えない人もいる。
明日もあると、言ってくれた人もいる。

切れる縁。切れぬ縁。

本当に、早い1年でした。

うららかな陽光ほのめく、春浅い三月に、また、
ご一緒してくださる?
いやじゃない?

(笑)

あらあら かしく。


諒.







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2016年12月16日

麗しき人生 〜驟雨

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おさらい会まであと二日。
謎のアクトリーディングチーム『驟雨』の稽古も、いよいよ山場に突入です。

動きをつけてのリーディングとするには、5回の稽古では短かすぎて、
メンバーにはずいぶんつらい思いをさせてしまっています。
やっと慣れてきたかというところで、あっというまに一ヶ月が過ぎていました。

が、この土壇場で---実はなんとつい二日前ですが、起死回生の一策がみつかり、
土曜の最後の稽古でそれを試演・完成にもっていこうという、
チャレンジングにもほどがある大転換を図ろうとしているところです。

自宅稽古の海図とするべく、メンバー専用ブログを作って演出プランを載せ、
イメージトレーニングをしてもらっているのですが、
ゆうべは3時ごろまで足跡が残っていました。

深夜の孤独な稽古。
俳優は、実は自宅作業のほうが多い地味な職人なのだということは、
あまり知られていない事実かもしれません。
今日一日が彼ら彼女らの天王山です。

明日の夜は、稽古場には凄まじい集中の嵐が吹き荒れることになるでしょう。
彼らなら、その賭けに足るだけの結果をきっと出すと、
揺るぎなく信じられている幸福が、今、胸に座っています。

がんばって。
鬼の演出ともあと二日でおさらばだから。(笑)

『驟雨』は、青空文庫でも読める岸田國士の代表作です。

なんとも説明のしがたい、よくある日常風景の切り取りでしかないのですが、
実によく出来た話です。
読めば読むほど、これが珠玉の名作と言われるワケがわかります。

おさらい会では、リーディング班にト書き語りも含めた正調の朗読を、
アクトリーディング班にはSE(効果音)やM(音楽)も含めたそのト書きの立体化を、
してもらいます。
同じ作品に異なるアプローチをする試みは、こういう教室ならでは実現できることです。

『たちきり』に三味線の音が欠かせないように、『驟雨』の立体化には雨音が必須です。
しかし、雨は単なるSEなので、これだけではやや雑味が残る印象になるのが気になり、
緩衝材としてM入れをすることにしました。

あったかくて大人のペーソスあふれる芝居のガイド役として、
ぴったりのスタンダードジャズがありましてね。

シナトラやトニー・ベネットのように歌い上げない、不思議な(といっても有名ですけど)
ブロッサム・デイアリーの“THE GOOD LIFE” です。


いつか芝居で使いたいと思っていた伝家の宝刀。(笑)
まさか自分が教室を立ち上げてそこで実現することになるとは、思ってもいませんでした。

この曲のあたたかさに引っ張られて、原作にはないシーンを入れることにしました。
たぶん岸田先生も、微笑んでくださるんじゃないかと思います。

この曲がかかる時は、空間に愛がただよっている時です。
一方通行の、じれったい愛ですけど。
あとになって、この人々の可愛いらしさが思い出されてもらえたら、いいなと思いながら。



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見知らぬもの同士が出会って、いっとき時間を共にし、また散っていく。
その人生はみな麗しい。

稽古場にあるのは、楽しいことよりつらいことの方が多くて。
それはまるで驟雨のようで、一歩も前に進めなくなる、そんな日ばかり。
でも。
だからこそ得られる雨上がりの喜びは、何にも代えがたく、何よりも尊い。

楽しいということの質が変わってしまう。
凄いことだよね。

それを信じて、雨に遭っても驚かないで。
手を取り合って、ひとりにならないで。

The good life.
人生は麗しい。





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2016年12月08日

ゆかし懐かし、ご縁の糸

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秋の講座も一ヶ月を経て、「はじめまして」だったみなさんもすっかりうちとけ合い、
どのクラスもなかなか楽しいことになっています。

『たちきり』はやるたび大笑いというのがデフォルトになってきた感じで、
このところのブーム(笑)は、ちょっとしか登場しない人物の演じ分けです。

月曜クラスでは、丁稚の定吉のセリフに登場する“静岡のおじさん”と“甲府のおじさん”が、
豪気で大雑把な漁師さんになったり、ぼっちで人づきあいの悪い木こりさんになったり、
挙げ句には、おのれ合いの手が忙しないうんうんおじさんが出現したりと、
うら若いお嬢様がたによる大爆笑のおじさん8態が完成しました。

土曜クラスでも、一瞬しか出てこない“若い衆”を距離のエチュードでさぐっているうちに、
見ていた人たちが書かれていない手代さんだのになって、稽古場にわらわらと大発生。
気づけばすっかりお店(おたな)が出来上がっていて、可っ笑しかったです〜。

この晩は、楽しかった!というキラキラのメールが、帰宅したら続いて届いていて、
あら〜!大変うれしうございました。
わたしの力をチャージしてくださるのは、こんなふうに、いつも受講生さんたちです。


一方で、シリアスの進化も止まらず、いい女将さんが続出しています。
この役が本気を出してくれると、場は一気にせつないもらい泣きの渦になります。

この役割は、前半の番頭さんもそうですね。

大店(おおだな)の番頭と、芸者置屋の女将。
表通りと裏通りから、いまだ世間の荒波を知らぬ若旦那を、あたたかく厳しく支える、
大人の二人です。

この二人がいることで、物語は珠玉の人情噺になっているのですね。

思えば『たちきり』は、一瞬しか出てこない人物にも温み(ぬくみ)があります。
どの人たちにも暮らしがあり、どの人たちにも一生懸命がある。
なんといとしい、両国界隈の人々でしょう。


ああ、そうそう、『たちきり』のイメージ曲は、たとえば何だろうという話が出ましたね。
時代劇と言えばの、もはや定番中の定番ですが、やはりこれでしょうか。

蛇足ですが、私が文章を書く時にはいつもこの曲をかけています、鼓舞されていい。(笑)

こんな世界に住む人々と思えば、ずいぶんトーンが違えて感じられないでしょうか。

そして、『たちきり』本来のテーマ曲といえば、地唄 『黒髪』。
この歌詞についてもちらほらと調べるかたが出てきて、その内容にうなっているようです。


黒髪

黒髪の むすぼれたる思ひをば
とけてねた夜の枕こそ
ひとり寝る夜のあだまくら

袖はかたしく
妻じゃと云ふて
愚痴な女ごの心としらで
しんと更けたる鐘の声

ゆふべの夢の 今朝さめて
ゆかし懐かしやるせなや
積るとしらで積る白雪




私も訳してみましたら、これがまたちょっと驚くような内容でございました。



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更けるを老けるに、雪の白さを髪の白さにかけた、大人の哀歌だったのですね。
夢は恋の暗喩でもあります。

若旦那が好きというにはあまりにも渋い。
さらには弾いているのが17歳のこいととなれば、なぜこのチョイス?と思ったのですが…

これ、こいとを亡くした後、ずいぶん歳月が経ってからの若旦那の姿と思うと、
ああー、と、ちょっと鳥肌たちません?

ラストの、「あたしは、生涯、妻と、名の付くものは持たない」という極端な言葉にも、
説得力が生まれてきます。
ああ、本当にこの人はそうしたんだなと。

そう、この若旦那、若いというだけでは済まない、性分の極端を持った人ですよね。

勘当寸前になるほどこいとに夢中になり、
百戦錬磨の女将も疑わないほど恋に誠意をつくし抜き、
蔵に入れられたら、脱出を謀るでもなく百日きちんと勤め上げる。

男性にはこういう、一度にひとつのことしか出来ない人が多いですが、
この性分なら、本当に独身を貫き通したとしてもおかしくない。

そうして今度はその力で、おそらくお店を大きく立派にしたんでしょうね。
子どもがいない分さらに純粋に、自分の仕事に尽くした男になった気がします。

この歌詞を眺めたら、なんだかそんなことが浮かんできました。


おさらい会まであと2週。

なかなか話題に出来ない『驟雨』のほうも、ひたむきな熱い時間が進んでおります。
熱すぎるから話せないのよ(笑)
やはり幸せなことだと、つくづく思っております。

ゆかしく、なつかしく…
どんなご縁が残るでしょう。

遠寺の鐘が鳴るように、泣いても笑っても、今年の教室はあとわずかです。







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2016年11月30日

たちきり、立ち来る、ご縁の香

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今季は、古典落語の『たちきり』と岸田國士の『驟雨』という2作品をテキストにしています。

『たちきり』は、元々は上方のお噺で、
たちきれ、たちぎれ線香などのお題で呼ばれることもあります。

お座敷に上がった芸者さんの就労時間を(なんと野暮な言い回し笑)
昔はお線香一本が燃え尽きて断ち切れるまでとしていた、
ここが味噌になってのタイトルです。

大店の若旦那と娘芸者こいとの、悲恋物語。

なのだけれど、
それに止まらぬ江戸の人々のあったかくも厳しい人情の交錯が描かれているので、
若旦那が大人になるための成長物語とも言えますし、
この国ならではの無常の物語とも言えましょう。

可笑しかったのが、初見読みの時で。

落語と聞いて、初めはみんなセオリー通り面白おかしくテンポも早く読んでいたのですが、
話の後半戦に入ったらいきなり、「あ、あら?…ちがった?」
という部分と出くわすことになって、キキーッと急速減速、
口調もしっとりしたものへの大転換をはからねばならないことになり、
読み終えて、「こんな話だったのかぁ!!」と反省のるつぼに放り込まれたことで。(笑)

そう、このお話には前半と後半でもの凄い断層があるのです。
そのへんが、悲恋ということと相まって『ロミオとジュリエット』を思い出させるんですよね。

あの本も、この春にしっかり取り組んでみたら実は前半喜劇だった、
と知ってたまげたものでしたが、
『たちきり』はその逆のパターンで心揺さぶられることになったわけです。

固定観念は捨ててかからないと、ですね。
何事につけ、ですが、
さらにこの打破が、いつも一番難しいところでもあるわけですが。

この、固定観念の話にも通じるのですが、
先週から、たちきり班は身体を使った距離のエチュードに入りました。

“芝居の動き”ではなく、ミザンも気にしない、
セリフを使った身体のインプロとでも申しましょうか、
本読み教室オリジナルの、リアルの習熟方法です。

これをやると途端に、セリフに目の覚めるような鮮やかな実感がこもることになるのです。
聴いていると進歩が分かって大変おもしろい。
観てても面白いですけどね、たまげてキテレツな動きとか出てくるので(笑)

こういうことも、素直な人は吸収が早いです。

昔、教えを受けた演出家から、役者は作品に向かうたびに赤ちゃんにならなければ、
と言われましたが、頭で自動的に描いている思い込みから、自由でいることを、
我々は常に肝に銘じていなければ、ですね。

この『たちきり』はまた、音曲噺(おんぎょくばなし)というジャンルの落語でもあるそうで。
物語のクライマックスをお三味線が担うことになる、大きな仕掛けが施されています。

落語にもこんな演劇的な演出がされているものがあるとは、
わたしもさん喬師匠の噺を聴いたときは、ゾクゾクーっと全身に鳥肌が立ちました。

師匠、熱演です。

速報でもお知らせしましたが、
おさらい会で、このお三味線『黒髪』を弾いてくださる方にめぐり会うことができました。

東 啓次郎(あずま けいじろう)師匠です。

ネット媒体を使ってのダメ元での募集でした、
私としては、お稽古をされている方のお目に留まれば御の字だったのですが、
まさかお師匠さんクラスの方からご応募いただけるとは。

しかも、もう何度も劇伴で『黒髪』を弾かれておいでで、
こんな些細な教室での発表会を面白がってくださるお人柄でいらっしゃる、
さらにはわざわざ静岡からお運びくださると…

なんと恵まれたご縁をいただけたことでしょう。
啓次郎師匠、本当にありがとうございます。

人の輪というものは、本気が繋げるものなのですねえ。

若いころにはくだらないプライドが邪魔をして人に入っていくことが不得手だった、
でももうこの年齢です、人見知りなんて贅沢なことをやっていられる時間は、無い、
もったいない。

それで、大事なものは自分で取りにいこうと決めたのです。
この教室を始めたこともそうでした。

今こうして、たくさんの受講生さんが集ってきてくださって、みんな楽しげで、
発表会では亜呂波亭ロコ輔さんにも再びご登壇いただけることになり、
またこんなふうに啓次郎師匠との出会いもいただけた。。

ひとつひとつ、おひとりお一人が、本当にいとしいです。

この教室のお線香、ついで継いで、たちきれないように、
お座敷は華やかに香り続いていきますように。

さて、金曜にはもう一本、お線香をたてましょうかね。







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2016年11月20日

秋クラス、始まりました!

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リブレ本読み教室2016秋クラスは、早いもので明日から第三週に突入です。

今季もたくさんの方が集まってくださいました。
みなさん本当に熱意のある方々ばかりなので、教室のムードも一段引きあがった感じで。
なにげにこの教室、この秋で開設1周年だったのですが、
季節が進むたびに出会いの刺激が増しているのが、頼もしいったらありゃしません(笑)

今季はどんな旅になるでしょうねえ。
出会った数だけの感性や思考を自分の物にできるのが、この教室の強みです。
なにせ同じホンに寄ってたかるわけですから。

独りでは突き当たってしまう限界を突破できるヒントが、そこかしこに転がってますからね、
ぜひ貪欲に、人から盗むという芸の基本を磨いていっていただけたらと思っております。

今季のテキストは、メインクラスは落語の『たちきり』、プロクラスは岸田國士の『驟雨』です。
どちらもいいお話、そしてなかなか手強いホンでもあります。


『たちきり』は、登場人物それぞれが筋運びの起承転結を担って出てくるので、
役の役目がハッキリしているのですね。
落語だけあって、聴き手と語り手が明確に分かれている。

お話全体の中で、どの役がどんな使命を持っているのか、
その使命をまっとうするために、どんな気持ちの変遷を表現しなければならないのか、
一度ノートに書き出してみるといいかもしれません。

第二週では「場」を抽出し、パートごとにテーマを明確にしたわけですが、
同じ作業を、登場人物に対してもほどこすということですね。
気持ちや言葉が相手役にどう影響して、どうこの物語を形作っていくのかを、考える。

読解の基本はまずこの作業からです。
これが出来るようになると、俯瞰が身につきます。


『驟雨』は、構成的にはもっと複雑。
ダイアローグ(会話)によって出来事を浮き彫りにしていくホンです。

なので、嘘をやると途端に何の話かわからなくなる。
独りで芝居したり、形でやっていては、決して出来ない恐ろしい〜ホン(笑)なのです。

会話の熱が嵩じることで、どれだけ調子付いて脱線していくか、
乱暴な一言でいえば、人間のそういう笑える習性を描いているホンなので、ね。

ダイアローグ劇の面白さは、相手からの影響を即、受けられるところにあります。

いくつもある長ゼリも、相手に向かって自分の意見を言う“切れ間のないお喋り”なわけで、
聴き手は待たされている間に喋りたいパワーが溜まってくるから、
次の会話は丁々発止なものとなる、
というような芝居のリズムが、おのずと生まれるわけです。

相手に状況を語って聞かせる『たちきり』の長ゼリとは、ここが違います。
『たちきり』は聴き手がおとなしく聴いているのが前提(独りで語る落語だからこれは当然)、
でも『驟雨』の聴き手はいつ割って入って来るか分からない(普通、会話ってそうですよね)、
だから喋りが長くなるほど熱量が高くなっていくわけです。


これはすべての役作りに言えることですが、大事なのは役のリアルから離れないことです。
リアルとは、ひとこと一言にちゃんと実感があるということ。

実感が摑めるまで、その一言を追いかけ続ける。
苦しい旅だけど、これほど極上の謎解きもないかもしれませんね。
発見はそのまま、自分の中の未開の地を開拓することになるのですから。

さあ、今週はどんな楽しみをみつけられるか、それはあなた次第。
まわりをよく観てネ。
わたしもがんばります〜。






posted by RYOKO at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2016秋クラス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする