2015年09月30日

ブロック2:読み解きノート

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【るいの半生】
明治15年(1882) 伊勢生まれ
明治22年(1889) 7歳 横浜へ移住
  横浜・東京が市になる(全国36市制定。それまでは町村の概念しかなかった)
  大日本帝国憲法発布/大隈重信遭難事件(テロ行為により右足切断)
  パリ万博

明治33年(1900) 18歳 英国人家庭に乳母としてあがる(12年間)
  横浜居留地は山下(関内)と山手(中区)の二ヶ所
  外国人は山下埠頭に商館を立て、山手の住宅地から通っていた
  当時の居留外国人は5000人ほど 中国人に次いで多かったのが英国人
  短期滞在を考えれば横浜港にはこの倍近い外国人がいたと思われる

大正元年(1912) 30歳 スタッフとして乗船(客室係?16年間)
大正2年(1913) 31歳 男との邂逅
昭和3年(1928) 46歳 ホテルで女中頭(ハウスキーパー)になる
昭和7年(1932) 50歳 現在 4年目


【るいという女】
■洋装がすこぶる板についている
昭和7年はまだ着物の時代。
白いカーディガンをはおっている姿(冒頭ト書き)はかなりラフで異色。
上着に袖を通さないスタイルは派手、現代でも日本人には少し勇気がいる。
ホテルに来るまで長年客船に乗っていたことを知った園子の台詞「道理で…」は、
るいの姿勢のよさや堂に入った異質な雰囲気も指している。

■両親が異国人の家庭に奉公にあがることを望んだのはなぜか?
「母など口を酸くして勧めますものを、わたくしがいやがりまして」
るいの親は横浜に出てきて魚屋をやっていた。
当時の居留地にはグランドホテルなどがあり、たぶん厨房に魚を卸していた。
その過程で、娘が異人に雇ってもらえれば将来は安泰だと考えたのだろう。
しかしこの発想はかなり大胆、両親は相当開明的だったということか?
その割には両親の気質を表すような描写がない、という謎。

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「それが急に気が折れまして…近所の娘が男と駆け落ちをしてしまったので」
るいは尋常小学校を出てからどうしていたのだろう?家業を手伝っていたにせよ…
当時の適齢期を考えれば、10代の娘には当然縁談がもちあがったはず。
実際、同じ年の幼なじみは相手をみつけて出奔までしている。

後半の‘男’の述懐
「あいつは確か一番年増で一番不縹緻(ぶきりょう)、そこへきて変に行儀がいい」
つまりるいはブスだったのである、というか親はそう認識していた。
縁づき先を探す余裕がなかったのか、娘の女としての幸福を早々と諦めてしまった。

るいは容姿がコンプレックスになり、物堅くてまるでコケットのない女になった。

※るいの話はあっちへ飛びこっちへ飛び、それこそ波のうねりのように変化に富む。
「姉妹のようにしておりました、近所のお初さんという娘(こ)」の話など、一見
蛇足のように思える。

が、作家がこの短編の中でわざわざ字数を割いている以上、そこには意味がある。
いや、むしろこういうところにこそ物語の核心を突くものが仕込まれている。
そこを見逃さずに食いつけるかどうかで、解釈は作家の正解に近づいていける。


【英国人家庭でのるい】
■18歳から30歳までの一番華やかな時期を、るいは異人の家庭のみで過ごす。
これはるいの人間形成に決定的な影響を及ぼしている。
乳母としてあがった銀行家のクレプトン家は奥方がイギリス貴族、
るいも英会話は元より、使用人の心得や振舞い方などを徹底して仕込まれたはず。

■初めて見た外国人の女児は天使のようにかわいらしく映ったことだろう。
るいは8歳のカザリンお嬢さまに魅了され20歳で帰国するまで夢中で仕えた。
「その間どなたからも叱られたということがない、これは私の自慢になりますか…」
叱られたことがないのはカザリンでありイコール乳母の自分もということ。

■るいは日本人の男と身近に接することのない12年間を送った。


【園子の(微かに笑う)の謎】
■園子が聞きたいのは、るいが独身である理由と女としてのこれまで。
「お嬢さまが大きくおなり遊ばす間に自分も年をとることを忘れていた」
このるいの発言を聞いて園子はなぜ笑ったのか?

出てきた解釈は、‘そんなわけないだろという嘲笑’というものと、
‘夢中になったら一直線になるるいの性質への軽い驚きと納得’
という二つに割れるが、これはどちらもアリ。
いずれにせよるいのパーソナリティが常識の枠外にあることが判る反応であり、
園子もそのキャラクターを左右する女性としての成熟度合いが垣間見えるところ。


【マルセイユ行きの船上でのるい】
■「お嬢さまのお伴という大役を仰せつかって、船では夜もろくろく寝ずじまい」
夜もろくろく寝られないというのはどういう状況か?
‘これは自分がいかに有能であったかという「盛り」が入った自慢の台詞’
‘お嫁入り前のお嬢さまに悪い虫がつかないように気が気でなかったという善意’
‘るいは必要以上にいっしょうけんめいになってしまう人’

講座ではシニカルな解釈がよく飛びだす。
読解にはその人の価値観や人生観が現れる。
受講者は未知との遭遇に驚かされることしきりな様子。

■「その船で日本へ帰って参ります時は、精がなくて精がなくて、つい涙が…」
るいはなぜクレプトン家を辞めて船で働く気になったのか?
今の邸宅には主夫妻が残るのみ、自分の情熱の受け皿になる環境ではない。
手塩にかけたカザリンが帰国したことで燃え尽き症候群のようになった。

■るいは大海原の上で本当の‘独り’になる。
英国人の家庭という閉ざされた一点の、対極にある広い世界を初めて知る。
日本の男たちが目の前に立ち現れたのも人生で初めての経験。


【るいを理解するポイント】
■「船の仕事は荒うございましたが、一番、人様のために尽くし甲斐のある気が
いたしました」
この台詞がるいの真骨頂。
るいは人に必要とされることを生きる希望にしている。

※表現としても、この台詞はもっとも力を入れるべきところ。
特に「一番」の前後に句読点が入っている意味を正確に捉えなければならない。


【るいの今】
■「ほんとに海上生活って申すものはよろしうございますね」
船は勝手に自分をどこかへ連れて行ってくれる。
命がけの緊張感と目的地に向かう高揚感がない交ぜになった充実が常にある。

■船上生活にくらべて今の自分は、
「望みがないものには行く先のあてでもなければ、その日その日が真っ暗…」
「こうしていても明日のことは考えようにも考えられない」
るいは孤独、帰る家もなければ迎えてくれる人もいない。

これに関しては受講者から、この気持ちはよくわかるわ〜という意見が出る。
誰かの妻、誰かの母でしかないまま三度の食事づくりに追われるだけの生活は、
明日もあさってもずっと変わらない、このまま終わるのかと思うと気が萎えると。
当時の感覚ならるいも自分はもう老境だと思っていたはず。
海上生活ならまぎれていく不安が、陸上の定点ではしょっちゅう意識されてしまう。

■るいは読み手が思う以上の諦観と切迫感に揺れているのかもしれない。


【るいが肥っている意味】
■岸田國士がるいを肥った女に設定したのはなぜだろう?
昔のままの姿だったら‘男’にはひと目でるいだと分かってしまう。
‘男’の認識を曖昧に書いているのは、秘められた過去の重さを劇的に見せるため。
るいと‘男’の再会は意図せぬ偶然、でなければ物語の衝撃度が薄くなる。
作家がこういう仕掛けをしている以上、‘男’は例の事件の当事者ということになる。

また、時間の残酷さ、長さが浮き出て、るいが人生の終盤にいることが分かる。
7歳から50歳までの女の一代記といったスケールの大きさが航海のイメージと重なる。

■るいはいつから肥ったのか?
‘綱に脚をとられて肋骨を折り退職した、その入院がキッカケ’
‘クルーズではやることがないから船に乗っていると肥っちゃう’という体験談。
そこから思いがけない解釈が。
‘そもそも、肥って動きがもたつくようになったせいで綱にひっかかったんじゃ?’
今回一番の爆笑ポイント。


【役づくりのコツ】
ブロック2は比較的難しい解釈を必要としないため、表現方法の具体についても
突っ込んだ講座内容になった。

・台詞は「サンドイッチ」で表現する
・きれいに読もうとする自意識を捨てないと役の心情は伝わらない
・自分の解釈に固執しないこと、反面、仮説はしっかり追うこと

また、このホンは想像以上に笑えるポイントがたくさんあることも発見。
それも表現の仕方如何で、活かされもすれば殺がれもする。
笑いは人間が求める感動の最たるものの1つ、積極的に拾って表現するべき。



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今回は男性にもるい役を読んでもらったのですが、男性が読む女性役には独特の
あたたかみやまろやかさが出て面白いですね。

むしろよっぽど女性らしさを感じられたりもして(笑)
女優がしぐさを学ぶなら女形から盗むのが一番だと、常々私は思ってきましたが、
それに近いものを感じます。

すでに読みだけでは飽き足らず、実際に動いて演じたいなんてご要望も上りつつ、
次回は『顔』の一番目のクライマックスシーンへと入っていきます。

おとなしそうに見えてこの物語、演ずるには思う以上の熱量が必要だということが、
次回でわかるかナ。
男性役にとっても、実は核になるシーンですからね、次回は逃せないブロックです。

自分を傷つけた男を恋しがるなんて反転が、女心には本当に起こりうるものなのか。
『顔』とは何を意味するものなのか。

そんなあたりを予習しておいていただければと思います。






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2015年09月23日

ブロック1:読み解きノート

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海浜の寂れたホテル。

訪れたのは、男(45,6)と女(28,9)。

男は苦学生あがりの役人とでも言いたい風貌。
女は素人風をした商売女、と言えば言える感じ。
二人は夫婦のようにも、夫婦でないようにも見える。

先客は、土屋園子(38,9)と京野精一(21)。

園子は、現代風の好みを利かせた洒落た和服姿の、歌を詠んでいるらしい女。
東京の本宅に息子を残して、このホテルの常連になっている。
京野は子爵家の御曹司、体が悪いということで静養に来ている。
二人とも長逗留している組だが、まだ話したことはない。

ホテルには女中頭のるい(50)がいる。

この物語の登場人物は5人。
舞台はだだっ広い日光室。
正面に大きな窓、右手に客室へ上る階段と蓄音機、左に外へ出る扉と窓。


【ホテルに滞在できる人々】
現代とは違って圧倒的な格差があった時代。
ホテルに長逗留できるような人種はそう多くはなかった。
この物語の登場人物はみな裕福、労働者はるい一人。


【男について】
■前身は火夫(かふ・船のボイラーマン)
―― 広野八郎日記より(昭和3年から四年間、火夫見習いとして秋田丸に乗船) ――
「船員たちの生活が如何に惨めで,放縦で捨て鉢なものかという事を痛感しないではおれない.
航海中汗にまみれ,真っ黒になって働いた其の報酬は,全部遊廓か船員相手の飲み屋,カフェーか
淫売屋,そうした享楽と本能欲のために,子供が花でもむしって散らかすように消費してしまうのだ.
そして貰った給料のみかナンバン(火夫長)から,驚くなかれ月1割5分というとても陸では想像も
つかない高利の金を借りて使うのである.
しかし,そうした気持ちになる彼等の心理がわかるようにも思う.日頃の満たされぬ惨めな生活を
癒してくれるのは,油と石炭の粉に汚れた身体を抱き,石のように固くなった手を握ってくれる女と,
苦しい労働も疲れた身体も海上の暴風雨も忘れさせ,麻痺させてしまう酒とよりほかに何があろう.」
火夫は最下層労働者。日当制。

■現在は税関吏(役人)に出世している
転勤がつきもの。現代でも函館・東京・横浜・名古屋・大阪・神戸・門司・長崎の8港に本部がある。
キャリア組は2,3年に一度の割合で財務省や全国の税関、海外勤務とさまざまな場所への異動がある。
女の台詞「あなたってどうしてそう方々をお歩きになったの?」はこの職業に対応。

■女はまだ男の生活のこまかいところを知らない。
夫婦?になって半年か、長くても1年ぐらいだろうというのが大方の受講生の意見。

■男はたぶん初婚。
この地位まで上り詰めるのに必死でやっと結婚する余裕ができた。
若い頃の三國連太郎や吉田鋼太郎のような肉体が説得力を持つ昭和の男のイメージ。


【女のキャラクターについて】
腹にあることをぜんぶ言う女。
それを無教養ゆえととるかお嬢さまととるか
(総理令嬢でも田中真紀子みたいな人もいるし)

‘素人風の商売女’とはどういう人物なのか?
男の台詞「おまえはまたどうしてそう何処も彼処も知らないんだ?」から、
女が狭い世界しか知らないことが解かる、これがポイント。

■男の家の女中だった
田舎から出てきて玉の輿に乗れて夫にふさわしくなろうと頑張っている。
化粧も頑張りすぎてケバくなり、それが商売女に見えるという説が出て座内爆笑。

■カフェの女給
もっともスンナリ入る解釈。
世間知には長けているはずだが稼ぐのに必死で旅行などもしたことがない。

※女中説も女給説も、やっとここまでになった男が選ぶ女なのか?
ということに疑問あり。

■上司、あるいは仕事関係の相手の娘
28,9は今でいうアラフォー。
(当時の精神年齢と人生のスピードは現代の10歳増しぐらい)
10年も行き遅れているということは、女は出戻りかも。
叩き上げの男ならもらってくれるということから世話された話なのでは?

※どの説も決定打としては弱含み。
逆に言えば、女は役者によっていかようにでも演じられる役だということ。
女の前身によって男の人間性が決まるため、配役のポイントが高い。

※女は登場人物中でもっとも健全に見える、一人だけ異質。


【京野精一について】
■療養という名目で逗留しているが、実際は病気ではなさそう
ex.煙草を吸う/酒を飲む

■子爵家の体面にかかわる何かをしでかして、家から遠ざけられているのでは?
ほとぼりが冷めるまでという感じで隔離されている?
「お邸のかたがしょっちゅうみえる」のはチェックに来ているのでは。
海浜のホテルということは街から離れた、人もめったに見かけないようなところ。

■本人の指向と家格にズレがあり、鬱屈を抱えている感じ
ex.「賑やかなことがお好きそうでいらっしゃる」/レコードをジャズに変えさせる
‘精一’という名は長男の証、昔は「一」の字は嫡男にしか付けなかった。
名家の御曹司としての苦しみがありそう。

■ひと回り以上年上の園子に接近するあたり、女慣れした放蕩息子っぽい

■美形であるのは間違いない
染谷将太、高良健吾などの名前があがりつつ、綾野剛で悲鳴が、、(笑)


【土屋園子について】
自分のことを語らない謎の多い人物。
夫は勤めていて息子もいるのに、ほとんど東京の家に帰っていないのはなぜか?

■園子が坊やと呼ぶ息子の年齢はいくつぐらいか?
「ああいうの(京野)のようにさえなってくれなければ」というつぶやきから、
15,6歳という説と、「坊や」の語感から5歳ぐらいという説に分かれる。
5歳児ならなおのこと、それを置いて旅暮らしをしている立場が理解できない。

■夫が妾宅に入り浸り?
でもそれではむしろ子供と結託して家にいそう。
■園子本人がおめかけさん? 子供だけ本宅に取られた?
が、妾なら旦那がいつ来てもいいように家から出られないはず。

■「ああいうのにさえなってくれなければ」
実はこれは息子ではなく、年の離れた弟のことなのでは?
この台詞は京野と実際に話す前に口にしている、
ということは園子は京野という人物を知っていたことになる。

京野の「小倉三郎君のお姉さんでは?」という発言のほうが真実なのでは?

■ひょっとして、園子の話すことはすべて作り話?
旅先でならいくらでも自分を偽れるし、プライバシーを明かすには抵抗もある。
子爵の御曹司という京野に対して、「と、称してるんじゃなくて?」と、
この切り替えしの速さが異質、それは自分もそうだからすぐこう反応したのでは?

■もしかすると園子も家から追われた身なのでは?
「人を気狂いにしてしまうっていうのは便利ですわね」という発言をしている。
歌を詠む芸術家肌な側面が理解されず、あるいは教養が勝りすぎていて、
婚家から疎まれて気狂いあつかいされ、経済的保障だけされて追い出された?


【あの夜の出来事について】
■男はこのホテルに来た初めから、るいがあの女だと気づいた
■男はこのホテルは二度目、るいのことを確かめにきたのでは?
そんな折に女房づれでくるだろうかという疑問も出る。

■男にとってもるいは初めての女だったのでは?
火夫をしながら船蔵で英語の勉強をしていた21歳が女遊びをしているとは思えず。
他の女性乗組員には興味がなかったのに、るいの名だけはずっと忘れなかった。

■この男はあのときの火夫とは別人なのでは?
とするなら「あの女は昔の俺に、火夫の俺に会いたかったと言うよ」とは?
この男には珍しい唯一の叙情的な台詞、岸田がこれを書いた意味はどうとる?

■最大の疑問は、るいが自分の年齢を把握していないこと
ト書きには明確に50歳とあるのに数行先で現在55歳ぐらいと自己紹介している。
ロマンスの昔がたりの中でもるいは年齢を4つぐらい上方修正している。

※二度も出てくるということはここには何か意味があるはず。

■るいのロマンスも作り話なのでは?
現実はもっと味気なくあっさりしたものだというアイロニーがテーマ?
るいは、では、本当におかしくなっているということなのだろうか?



---------

落としているところがたくさんありそうですが、ひとまずのまとめということで。
何か気づいたらコメントしてください。

謎解きの答えがさらなる謎を呼ぶ、刺激的な時間でした。
人が考えていることって面白いですよね〜、
みんな真剣にやってるんですけどしょっちゅう爆笑がおきる若々しい教室です。
(笑)

さてさて、今週はぐっと核心に迫っていくことになりますが、どうなりますか。
CDに焼きましたので、次回はタンゴの音色から始めましょう♪









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2015年09月21日

二つ目の港はパッショネイト!

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本読み教室第二回が終了しました。

この『顔』という戯曲にはト書きによくタンゴが出てくるので、
頭の中はすっかりそんな風景に。

主人公のるいは、ホテルの日光室の蓄音機でレコードの番をするのも仕事のうち。

過ぎし日に乗っていた客船でよくかかっていたのかもしれません、
彼女はいつも目を瞑って、同じタンゴに飽きもせず聴き入っているんですよね。

昭和7年の欧米航路なら、かかっていたのはコンチネンタルのほうかもだけど、
いいなあと思った編成のピアソラの曲をみつけたので、張ってみる♪


タンゴのリズムを聴くと、あの独特の脚さばきが浮かんできます。

それはさながら、この『顔』に出てくる5人の男女の運命の絡み合いのようで…
るいは目を閉じて、何を思い出していたんでしょうね。


二回目の教室も、ある意味タンゴのごとくでしたヨ。
ハァッ!と驚くような解釈が、まあー出るわ出るわ!(笑)

みなさん敢然とおうち読解を進めていらした成果が、
さっそくあふれ出たのですネ。

一人で考えていては到底発想できない鋭い説がいくつも立ち上がってきて、
土曜の夜クラスなどでは、
このホン、思った以上のとんでもなくミステリアスな物語なのかも!と、
興奮のるつぼに。(笑)

ひとつのホンを大勢で解釈する楽しさ、素晴らしさは、
こういうところにあるのです。

前の日まで見も知らなかった人々と、真剣に、
こんなディープなディスカッションを繰り広げるのですから、
思えばかなりユニークな場ですよね。

自分がどんな人間か、人はどれだけ違うことを考えているのか、
つぶさに体験することになる。

物語の謎解きの旅は、おのずと自分に出会う旅ともなっていくのです。


次のクラスでは、タンゴを聴いてみるのもよいかもしれませんね。

岸田國士がわざわざ書いているのですから、
『顔』の世界観は、あの情熱的でセクシーなせつないムードで彩られている、
ということでしょう。

そうね、るいは意外にも、ホテルにやってくる人生たちを、
こんなにゴージャスな陰影深い大人のまなざしで眺めているのかもしれません。

上に貼り付けたYouTubeを飛ばした人、さあさあ、お聴きになってみて。(笑)



うれしいことに、今日になってまた新しいご応募がありました。
ありがとうございます。
青空文庫で読めるので、旅には十分に間に合います。

ようそろう。
天気晴朗にして波高し。

白い航跡もあざやかに、船は紺碧の海原を快走中です。






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2015年09月14日

本読み教室、出航しました♪

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秋になりました。
というわけで、ついに迎えた本読み教室の初回は、
おかげさまで無事大成功でした。

そう、大成功って言っていいと思うんです。
だって、受講生のみなさんが次も来るって言ってくださったから(笑)

いい時間でした。
それぞれのキラキラしたお顔が頭からはなれません。

みなさんキレイだった〜。。
こころにとても清らかなものをくださって、
どうしても気分が浮き立ってしまう現在です。


テキストは、岸田國士の『顔』という作品です。

ちょっと特殊な構造を持っているので、
たぶんほとんど上演されていないんじゃないかと思いますが、
逆にこういった読解にはうってつけの、
人間の深層心理のひだが幾重にも書かれた大人のホンです。

何より、岸田作品には珍しくロマンにあふれたスケールの大きい物語、
というところが選定の決め手になったのでした。

記事の扉に客船の写真を選んだのもそのせいです。
そうしてなかなかに色っぽいお話でも、あります。

昭和七年の作品ということで、「ゐ」とか「さう」とか「云つて」とか、
見慣れぬ表記がずらりと居並ぶ台詞を、
みなさんには初見で声にしていただきました。

でも、よくしたもので、今回の教室は受講生さんの年代が幅広くなったため、
人生の先輩方がすらりとお読みになる音がガイドになって、
若いみなさんもあまり引っかかりもせずに上手に読みこなしていけました。


台本は、初見では何が書いてあるのかちんぷんかんぷんなのが普通です。

あたしも初めて読んだ際には、なんだこのホンちっとも面白くない、と、
よく思います(笑)

ところがこれが、二度三度四度と読んでいくうちに、突然ハッ!と、
目の前に大きな魅力が立ち現れるのです。

これはもう魔法。
大転換です。
この瞬間を味わっていただきたくて、テキストの情報は伏せていたのですね。

次回までの一週間で、一人、また一人と、
この隠された黄金の扉をみつけるかたが、日々増えていくことでしょう。

がんばって読んでね。
自分で発見したものは、すべての核になっていくから。

それにしてもみなさん、凄い集中力でしたね〜。
みずからやると決めて臨んでいる人には、気を散らす隙間はまるでないのですね。

そうして、誰一人として同じ声のない、そのバリエーションの豊かさたるや。。

みなそれぞれを歩いていて、その人生がここに座っている。
そういう感じでしたね。
うつくしい時間でした。

体験受講のかたが継続をお申し出くださった、あれは本当にうれしかった。。
また、パック制のかたは何回受講してもOKなんですが、とはいえ週一だろふつう、
と思っていたら、

毎回でる、って言って本当に来てる受講生さんもいらして、
さらにその彼女に触発されたみなさんが続々あとに続こうとしていて、
ま、まじっ?!どっしぇ〜(◎o◎)/

うれしい悲鳴です。
ん?こうなるとあんまりクラス分けの意味も、なくなったかも(笑)


正直、みなさんが…いや実際に全員ですヨ、こんなに熱く向かってくださるとは、
けっこう本気で驚いています。
その姿がキレイできれいで、何かに似てるなあとずっと感じてたんですけど、
わかった。
なでしこJAPANだ (笑)

いや冗談抜きで、早くも自慢の受講生さんたちになってます。
なんて有り難いことでしょう…
ほんとにね、誰に感謝したらいいんでしょうね、こまっちゃいますよ。えへ(涙)

こういうふうに、見知らぬ方と応募という形でご縁を結ばせていただくと、
人にはそれぞれバイオリズムとかタイミングがあることがよくわかります。

今もおひとり、もう何日も前から何度も受講を希望してくださっていて、
そのたびお返事をさしあげるのですが、なぜだか連絡のラリーが続かず、
いまだ宙に浮いたままの男性もいらっしゃるのです。

ふしぎだあ、普通に返信しあってるのになぜお互いに届かないんでしょう???
いま募集中の回でしたら、もうどこでもいいので急にいらしてください(笑)

片や…スムーズに受講の手続きを済まされながら、
今回の関東の水害でご実家が被災され、支援の帰省でやむなく第二回からに、
とご連絡をくださった男性もいらっしゃいます。

どうか大切なみなさんがご無事でいられますように、
そうしてお元気にこの教室でお目にかかれますように、心から願っております。


教室は次回から、こまかな解釈に入っていきます。

あなたが感じたこの物語の感動点と、登場人物のパーソナリティを読んできてね、
とお題を出してあるので、どんなものが飛び出してくるか本当に楽しみです。

第二回に体験受講のかたもいらっしゃいますし、
ここからが本格始動という感じですね。

私の持っている何かをひとつでも多くさしあげられたらいいですね。。

さああたしも、明日からもっともっと読まなくちゃ。
励みましょう、みなさん。





















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2015年08月12日

夏の夜の影


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盆の入り。
この時期にはお祭が多いですね。

盆踊りって、ほんとはお面をつけてするものだったって、ご存知でした?

もともとは、今のような人々のためのにぎやかなイベントではなく、
この世を訪れるご先祖さまのみたまや土地の精霊をなぐさめるための、
神事(かむごと)だったんだそうです。

踊りも、ぼんやり灯した明かりのもとで、人々が輪を作ったり列をなして、
しずかに、単純な振りをくりかえすもので、
お面をつけているので、どこのだれかは誰にもわからない。

うす暗い中で、揺れる人並みは影のようにしか存在しえず、
もしもそこに本当の影が来ていたとしても、お面にまぎれてしまえる。

みたまもいっしょに踊れるように、この世と異界が結ばれる、
年に一度だけの特別な時間が、盆踊りだったんですね。

そういえば、子どもの頃から、
お祭の夜店でお面を売っているのが不思議でならなかったんですけど、
もしかするとあれは、この名残りだったりするんでしょうか。

盆の入り。

けれど私はあの日から、お盆が一日早くなったように思えています。

8月12日。
もう30年ですか。

私にとっては、なぜ芝居を続けるのかを毎年問うてくれる日です。
理由は ここに あるんですけどね。

ひっそりと、お面をつけて踊る、そんな輪がどこかにあれば、
いつか私も混ざってみたいです。














2015年07月31日

人魚姫も考えてた

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ほ〜。。暑いですねえ。
耐え切れず、こんな涼しげな絵なぞピックアップしてしまいましたが、
昨日は戦後70年によせて企画された朗読公演にいってきました。

敬愛する大先輩の女優さんに久しぶりにお目にかかるため、というのが、
このミッションの目的の半分でもあったのですが、
このかた、純子さんのキャリアは、芝居も人生もなんと私の30年増し!

それなのに、いつお会いしても頭脳はキレキレでお話はとてつもなく面白く、
誇り高いかたなのに、誰もがひと目で魅了されるぐらいお可愛らしい、
ほんものの美人。

この人生で純子さんと出会えて本当によかった〜と嘆息してしまうような、
私の理想の女性、人生の師なのです。

そんなわけで、立っているだけで朦朧としてくるような炎天をさけて、
入った喫茶店でのお喋りは、
も〜天竜川の激流にも負けない勢いで、止まらないとまらない。(笑)

今観たお芝居の話から始まって、この教室のことに知恵を授けてくださったり、
日本の政治や世界情勢、マスコミ論から文化論、女優論、演技論、
恋バナ(笑)、人生の歩き方、などなどなどなど・・・
お茶のおかわりをする暇もない、あっという間の2時間をすごしました。


その中で、あーっと納得させてもらえたのが、国立大学から文系がなくなる話で。

これは、、文明国としては暴挙だろう、というのが私の考えなのですが、
じゃあなぜか、という理由を、明瞭に説明することができずにいたのですね。

でも純子さんが、
「哲学科がなくなるということは、ものを考える人間を絶やすということなのよ」
とおっしゃって、そうだこれだあたしが気分悪くなった理由は、と、
思い当たったのです。

極論すれば、誰かの言いなりになる人間を、国が増やそうとしている、
ということにもなってしまうわけですよね、国立大学なわけですから。

なぜこんな方針を出したのでしょう。

一方では、これからは人間の時代だと言われたりもしていますよね、
もはや労働の大半はロボットやコンピューターが肩代わりできてしまうのだから、
人間でなければできない、個性や感性に根ざした仕事だけが残っていくのだと。

オモテナシ♪ なんてその最たるものなわけで。
矛盾してますよねえ。

なんだか色んなものが、気づかぬうちに極端に走っているように感じられて、
ちょっと、
怖い。
その極端は、たぶん、誰かの「都合がいい」なんでしょうね。

京都大学ではこの方針は受け入れないと決めたそうです。
京大…さすがですねえ。
この国がおかしなことになりそうになるたびに、声を挙げている大学に思えます。
片や、理系の最先端であるIPS細胞を研究しているのも京都大学なわけで。

自分の知性でものを考えることは、反骨精神ともイコールになるんでしょうね。
だから、都合が悪いわけですよ、誰かにとっては。

国立大学に文系がなくなったって、べつに私大で教えればいいじゃないか、
という意見もあるようですが、
私はそうは思いません。

国が税金を使ってこの国の「人間力」を育てることに、意味があると思うからです。

税金の節約などということから発想したのだとすれば、
私たちの国には理念もビジョンもないのだと言っているのと同じことです。
もしも本当に、
ものごとが分かる国民を減らすことを国家が考えているのだとしたら、
右だの左だのの以前に、この国はどうなっちゃうんでしょう。


朗読劇は、ヒロシマの話でした。
素晴らしかった。

命がどれだけ儚いものか、命がどれだけ強靭なものか、
ぐるぐると反芻させながら、
どうにもしようがないことと、どうにかしようのあることについて、
今、自分の頭で考えています。

そう、『人魚姫』だって、ずっとそのことを考え続けていたんだもんね。
(あ、繋がった。笑)














2015年07月24日

語りのカタルシス

book06.jpg

いよいよ夏まっさかりですね。
みずみずしい果物や野菜が、ほ〜っと身体をいやしてくれる季節ですが、
連日の猛々しい暑さにまけずに、お元気にお過ごしでいらっしゃいますか?

このところ、うちの主宰の仕事のお手伝いに狩り出されていました。

ラジオドラマの尺出しという、台本の芝居部分のタイムを計るための仮朗読で、
全6冊のすべてのセリフを独りで読んだのです。

とてもいい江戸のお話でしたよ、
初見でやったので、泣きそうになるのを堪えて鼻声になっちゃったぐらい。(笑)

かかったかなと思ったら♪のあの方と、もしもピアノが♪のあの方の番組です。
本放送については、ちょっとまだ局のほうで情報解禁になっていないようなので、
後日あらためてお知らせしますね。
今日の扉もそのタイトルにゆかりする写真です。


で、この尺出しの朗読が、初めてやったんですけど、すごくおもしろかった!

時代小説から書き起こしている作品なので、語り部分が多いんですが、
この「語り」を読むということには、独特の魔力がありますね。

読んでると、なぜだかハイになってくるんですよ。

なんでしょう、こう、作品のトーンを決定付ける担い手になれるというのかな、
物語のノリをひとりでつむぎだす快感のようなものがある。

自分も知らない素の自身がそこにいて、魂をこめる、
そう、歌うことに近い感じがするのです。

こういう感覚は、役を演じることとは明らかに違います。

そうして語りの場合は、自然と感情のニュアンスを最小限に抑えたくなるので、
逆に、いま伝えられなかった!という実感が即座に自分にはね返ってきて、
理性でコントロールすることが楽しくなってくるんです。

そこにはまた、抑えようとしてもどうしても出てしまう自分の感情があって、
そのひそやかな、ほっそりとかそけき想いに出くわすことが、
楽しいんですね、
ああ、自分はこういうことを感じ入る人間だったのかと。

この滲み出てくる感覚との未知の出会いに、えもいえぬカタルシスがあるのです。

老若男女の登場人物すべての役を演じながら、合い間あいまに、
役とは違った性質を持つ「語り」にもどらなければならなかったので、
役になることとの違いが、よけいに強く感じられたんだと思うんですけどね。

語るということにはこういう悦びがあったのかと、驚きました。

これまでも官公庁関係の素材のナレーションなどをやったことはあるんですが、
物語の語りというものは、明らかに身体に残るものが違います。

このごろ町に増えてきた朗読サークルの人気のひみつはこの快感にあるのか〜と、
初めて分かりました。

これはちょっと、かなり健康によいジャンルなのではと思ってしまいましたヨ。


みると、YouTubeなどでもずいぶんたくさん朗読がアップされているんですね。
んー、でも、やっぱり、自分に酔っている人が多いかなー。

そう、酔っちゃうんですよね〜、語るってこのとおり気持ちいいから。
特に時代ものには独特の陶酔感があります。

今回やってみて一番苦心したのも、浮つかずにちゃんと伝える、
けれど物語ですから、叙情性はあとを引くように残さなければならない、
というところで。

これを両立させるのは、簡単なようでいてなかなか取り付かせてはもらえません。
ほんのチョットの違いなんですけど、そのチョットに読み手のすべてが現れる、
という・・・きゃーこわいですネー。

そうそう、その昔には、
メニューを読み上げたら居合わせたお客さんがみんな泣いちゃったという、
オーソンウェルズのレストランの伝説なんてものもありましたね。

反対に、ふつうに読んでるのになぜだか笑っちゃうというのもスゴイですよね。
声は生ものなので、正直で、おもしろいです。

今回の本読み教室では、語りの極意にも迫っていけたらと思っています。

未知の自分との出会いに、きっと驚くことになると思いますヨ。
まだまだご応募、お待ちしております。
















2015年07月10日

人生に寄り添う芝居

創作側も観客も、すべての方にぜひ読んでいただきたい文章があります。

昨年の夏、ウォールストリートジャーナルに寄稿された、ニューヨーク大学の
クラス博士のエッセイです。
私はこれを読むたびに、得もいわれぬ、震えるような気持ちになるのです。

。。。



Shakespeare as a Life Coach(人生のコーチとしてのシェークスピア)
By  PERRI  KLASS  2014年 8月 11日 19:15 

 7月の末、ニューヨークのセントラルパークで野外上演された「リア王」を見
て、私は母のことを考えた。劇には母親役は出てこないし、どの役にも母親がい
る設定ではないのに。今の私にとって、「リア王」は今のところ、人が年を取り、
精神力も体力も世俗的な権力も失っていく物語ではない。

 今の私にとって、「リア王」は年老いた親の面倒を見る物語、いや、きちんと
面倒を見られない物語である。そしてその年老いた親が記憶を失っていくのを目
の当たりにする物語、親が年を年老いていくのを目の当たりにしながら、中年に
なった子どもたちがどんなふうに張り合い、どのような関係を築くかを見せてく
れる物語なのだ。

kinglearsha.jpg
William Shakespeare (detail)=@by John Taylor


 もちろん、俳優は年を取ると、若いときとは別の役を演じるようになる。しか
し、私たち観客も同じように年を取る。最後に「ロミオとジュリエット」を見た
とき、私は自分が親たちに自分を重ね合わせていたことに気付いて驚いた。私に
とって、この物語は若者の恋愛物話ではない。物事への対応がまずかったばかり
に、愛する子どもを失う親の話なのだ(愛が永遠に続くと信じている恋人たちよ、
この物語の結末はどうだろうか!)。

 私が担当する大学のクラスにハムレットのような生徒がいたらどうなるか、考
えたこともある。聡明で悩み深く、神経質なところがある学生で、将来、素晴ら
しいことを成し遂げてほしいと期待しているが、自分もしくは他人を傷つけるの
ではないかという不安もぬぐえないのだ。


 私の母は数カ月前に亡くなった。86歳だった。私は母を恋しく思う日々を過ご
している。母はパブリック・シアターがセントラルパークで上演する無料のシェ
ークスピア劇を愛していた。早起きをして、チケットを手に入れようと高齢者用
の列に並んだものだ。しかし、2010年にアル・パチーノが出演する「ベニスの商
人」がかかったとき、母は猛暑の中、朝から5時間も並んだ挙句、チケットを手に
入れることができなかった。私は母に、もうそんなことはしないでと言った。

 子どものころ、両親は毎夏、セントラルパークにシェークスピアの劇を見に連
れて行ってくれた。今度は母のためにチケットをとるのが私の仕事になった。毎
日、インターネット上で行われるチケットの抽選会に参加し、障害者向けに特別
な解説がある公演のチケットを申し込んだ。昨年の夏、視覚障害の認定を受けて
いた母はこれまで見たこともないほど行儀のよい盲導犬たちに囲まれながら、
「恋の骨折り損」を最後まで楽しむことができた。


 今年の夏は母のことを思いながら、「リア王」を見るために列に並んだ。雷雨
の予報だったが、午後の天気は快晴だった。嵐になったのは芝居が始まってから
45分ほど過ぎた頃、リア王が道化と共にヒースの野をさまよい歩く場面が始まる
はるか前だった。しかし、雨で一時中断されるのはいつもの事。雷と稲妻が過ぎ
去ると、芝居が再開された。

 美しい夕暮れ時に野外でシェークスピア劇を見ると、「お気に召すまま」のオ
ーランドやロザリンドと共にアーデンの森にいるような気になったり、「夏の夜
の夢」のタイタニアやオベロンが登場する場面に立ったような気になったりする
ことがある。それと同じように、私たちはみな、「リア王」と共に自然のなすが
ままになっていた。俳優たちの衣装は本物の雨に打たれてずぶ濡れになった。生
きていれば雨に打たれる日もあれば風に吹かれる日もあることを思い出させるの
が嵐の役目の一つだとすれば、容赦ない自然は報いを受けるべき人にもそうでな
い人にも暴風雨を送りつける。その日の観客は俳優たちとともに嵐を存分に味わ
った。

 雨に打たれながら、私は母を世話したことを思い出していた。母を守ろうとし
たこと、それができなかったこと、母は必ずしも守られたいとは思っていなかっ
たことも。リア王は嵐の中をどうしても外に出ると言ってきかず、肉体も心も嵐
によって傷ついていたにもかかわらず避難を嫌がった。

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“King Lear and the fool” by William Holmes Sullivan


 俳優たちは勇敢だった。土砂降り、そして霧雨の中を最後まで演じた。席を立
った観客も何人かはいたが、ほとんどが最後の悲劇が終わるのを見届けてから、
立ち上がって出演者に拍手を送った。出演者たちも私たちに拍手を送り返してく
れた。

 しかし、私と一緒に立ち上がり拍手するはずだった人はもういない。母がその
場にいれば、雨がやむのを待とうと言い張っただろう。

 母は自分が最も恐れ、日々、自分に付きまとう老いについての物語として「リ
ア王」を鑑賞しただろう。私はまだその域には達していない。グロスター伯が失
明した場面を視界がぼやけ、影や形しか見えない目で見ただろう。補聴器をつけ
た耳で聞いただろう。リア王の残酷な娘たちは父親を強い言葉で非難したが、母
はよく、自分の頭脳や記憶力についてそれに負けずとも劣らない強い怒りを口に
していた。

 母は美しい夕べだろうと、嵐が吹き荒れようと、夏の夜に無料のチケットを手
に入れ、最後まで観劇したという素晴らしい勝利を誇りに思ったことだろう。シ
ェークスピアのために嵐になっても劇場を去らなかった観客全員の勝利を喜んだ
ことだろう。


 2012年には母は日に日に弱っているようだった。短期記憶はすっかり失われて
いた。全てを失ってしまうと思い込んだ母はおびえ、混乱していた(実は薬のせ
いだった。薬を変えると、体力も記憶も回復した)。

 その当時のことだ。ある晩、私は母をイタリア料理店に連れ出した。一緒に出
掛けた私の一番下の息子は祖母の好みの話題を持ち出して、心配ばかりしている
彼女の気を紛らわそうとした。その話題とは高校で選択したシェークスピアの授
業のことだった。

 お察しのとおり、息子は授業で「リア王」を読んだばかりだと言った。すると
母の顔が急に明るくなった。突然、声に張りが出て、話のつじつまが合うように
なった。登場人物の名前も難なく思い出すことができた。リア王の老いの悲劇に
ついて、リア王が言った「蛇の歯よりも鋭い」ものについて、狂気と精神の破壊
について話すことができて喜んでいた。

 母は自分の人生のこまごまとしたことを忘れてしまうのではないかと恐れなが
ら、リア王と彼の失われた王国についてははっきりと覚えていた。私はこの二つ
について考えた。年を取り、リア王を演じるようになった俳優は当然のことなが
ら、月日が経てば肉体にも精神にも、力関係も家庭にも世間にも変化が生じるこ
とを知っている。しかし、観客もまた年を取り、毎回異なる目、耳、記憶力で芝
居を見ているのだ。


 不本意ながら、私は「ロミオとジュリエット」のキャプュレット夫人や「ハム
レット」のポローニアスに自分を重ね合わせることがある。しかし、まだリア王
には共感できない。母があともう1シーズン、セントラルパークでシェークスピア
劇を見られたら、と思わずにはいられない。80歳代の人間が80歳代の登場人物に
共感できただろう。「ちょうど80歳を超えたばかり。率直に言えば、私は正気で
はないようだ」というリア王のせりふがある。

 母は私たちと一緒にヒースの野に出たかっただろう。母はそのときも私のそば
にいたし、これからもいつも私のそばにいる、というのはあまりにも簡単だ。そ
う思うのは、シェークスピアがそれより厳しいからである。最後には、シェーク
スピアが残してくれた言葉に感謝しながら、人は一人きりで嵐に立ち向かうのだ。


(ペリー・クラス博士はニューヨーク大学でジャーナリズムと小児科を担当する教授で、
同大アーサー・L・カーター・ジャーナリズム・インスティテュートのディレクター)